絶対に断わられないお願いは、
 しないほうがいいと思っています。

 断られないための
 いろんなテクニックを書いた本もあるけれど、
「断ることを許さないお願い」は”命令”です。

 相手の逃げ道をふさいで
 頼みごとをするなんてことは、
 よろしくないと思うんです。

 どんなに食事に誘いたくても、
 どんなに一緒に映画に行きたくても、
 どんなに一緒に仕事をしたくても、
 フラれる選択肢を残しておくことが
 マナーだと思います。

 フラれたことがないなんて、
 ぜんぜん凄いことじゃない。

 じぶんのしていることが
 正しいに決まっていると信じているとき、
「断ることを許さないお願い」を
 してしまう気がしています。

 離れる・つきあう・断るなど、
 相手に選択肢をあたえないものを
 ぼくはこわいと思っています。

「◯◯にハマっていたけれど、
 最近はちょっと飽きてきちゃった…」
 そんなふうに言えるくらいなら
 安心して見ていられるけれど、
「飽きるなんて許さないぞ」
 なんて言われてしまうのはこわいな。

「△△みたいなことをやろう」と、
 仲間と意気投合したんだけれども、
 しばらくしてから心変わりがあって
「□□みたいなことやりたい」を
 認められないのもイヤだな。

 ◯や△や□が、
 愛や平和や夢であっても、
「この愛以外は認めない」とか、
「わたしの提示する平和こそが
 真実の平和なのであります」と、
 じぶんこそが正しいのだから
 断ることを許さない(フラれない)は
 その”ことば”がどんなに耳障りがよくても
 近づきたくないと思ってしまいます。

 多様性なんて言わなくても
 人は人それぞれであっていいのに、
 じぶんとの”ちがい”がわかったとき
 相手に選択肢をあたえないのは、
 なんだかとてもあやしいです。

 今日も、「東京ブロック」に来てくださってありがとうございます。

 魅力的に思う人の多くは、
 相手の逃げ道の用意の仕方が秀逸で、
 気持ちよくフラれてあげている。