山形県、蔵王温泉の中心「高湯通り」で、歴史ある温泉街が人口減少、後継者不足で衰退している現状を変えるため、2024年5月にまちづくり会社 Yugeを共同創業しました。設立後最初のプロジェクトでは、バスターミナル徒歩1分、高湯通りの玄関口に位置する遊休不動産「旧丸伝商店」を継承、改装し、温泉饅頭茶屋「高湯饅頭 湯ノ香」を開業しました。また、同物件では、一部スペースに東京から飲食テナントを誘致して「蔵王温泉食堂」を開業するなど、関係人口や雇用の増加に取り組んでいます。「高湯饅頭 湯ノ香」では多言語メニューやキャッシュレス決済も導入したことで、増加するインバウンドのニーズにも対応できるような運営を心掛けています。この取り組みは遊休不動産の再生と新たな地元名産品の創造を同時に実現するものとして、アメリカン・エキスプレスが中小店舗支援の取り組みとしてショップオーナーの様々な挑戦を応援する「RISE with SHOP SMALL 2024」で最高賞となるA賞を受賞。同賞は多様性や地域活性化に挑む小規模事業者を支援するもので、受賞により活動の社会的意義が評価されました。有難いことに、その後もテレビ、新聞等にて取り上げて頂く機会を多く頂戴しています。
その他、地元ホテルと連携し、2025年12月にはサロモンレンタルステーションを開設。同ステーションでは冬季はスキー、スノーボード用具のレンタルを行っており、今後は登山トレイルランニングなど四季を通じたアクティビティの拠点として整備することを目指しています。加えて、長年閉館していた旅館 三浦屋を改修、2026年1月に喫茶・物販・簡易宿泊を備えた複合施設として再生しました。泊食分離に代表されるように、住まう人や訪れる人のニーズが多様化していることを受け、原則簡易宿泊とし、来訪者が温泉街に出てまち歩きを楽しんで頂けるような点の整備、面での仕組み構築に取り組んでいます。管理・運営拠点は2年で4か所に増え、地元の遊休不動産活用と飲食・宿泊業の創出を通じ、着実に面としての賑わいを取り戻しています。
加えて、American Planning Association(米国都市計画家協会)の下部組織である「Japan-United States Planners Network」が主催したセミナー「Lessons From The Summit: Learning from Mountain Towns – Nature vs. Nurture」において、代表井上が講師として登壇し、蔵王温泉での空き家再生とまちづくりに係る取り組みを紹介するなど発信、PR活動も強化しています。尚、本セッションは、世界各地のスノーリゾートで活動する都市計画家たちが講師となり、それぞれの地域での取り組みとそこから得られた教訓、課題等を共有し、共に改善・解決策を模索することを目的としたもので、カナダのバンフ国立公園、アメリカのコロラド州ブレッケンリッジから講師が参加しました。
井上貴文(いのうえたかふみ)/株式会社Yuge 代表取締役(共同代表)。1990年兵庫県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、メリルリンチ日本証券(現BofA証券)投資銀行部門でデベロッパーや金融機関の資金調達・M&Aアドバイザリーを担当。都市づくりを“川上”からだけでなく“川下”からも捉えたいとの思いから日本政府・世界銀行共同奨学金フェローとしてハーバード大学デザイン大学院(都市計画学科)を修了。その後、米国のデザイン事務所Sasaki Associatesでアフガニスタンの国土計画や米国大学のキャンパスプランニング等に従事し、国際的な視点を培う。帰国後は大学院時代の仲間とU Share株式会社を共同創業し、国際学生寮ブランドの企画、開発、運営を指揮。2023年に退任し、デザイン、金融、政策、経営を横断するヒトトバデザイン株式会社を創業、日本各地のまちづくりプロジェクトを手掛ける。これらの経験を活かし、大学時代からの友人であり、山形蔵王温泉で300余年旅館業を営む経営者と共に2024年5月にYugeを設立した。蔵王温泉では地元メンバーと共に、“良き祖先であること”と”先祖に恥じない務めを果たすこと”を胸に、これまでの歴史や文化のミルフィーユを次世代へ繋げるべく奔走している。ライフミッションは「多様な人々が生き生きと暮らすことのできる都市空間・コミュニティを創造する」こと。都市計画、デザインの戦略的視点(鳥の目)と現場に寄り添う視点(虫の目)を大切にし、国家レベルの都市計画策定から地域の空き家再生・事業運営に至るまで、幅広いスケールでまちづくりに関わってきた。米国公認都市プランナー(AICP)、宅地建物取引士。妻と子どもとの生活を大切にしながら、週末はランニングやラグビー観戦を楽しむ。
「100年後の蔵王温泉に灯りをつなぐ」こと、蔵王温泉の希望を次世代へつなぐことがビジョンです。スキー場が隣接する蔵王温泉は、冬には100万人もの観光客が訪れるリゾート地ですが、グリーンシーズンは夜になると、まちに灯りがほとんどありません。他の地方都市と同じく、少子高齢化、事業環境の変化などによる事業承継の難しさなどから、店舗や宿泊施設の休廃業が深刻な課題になっています。
振り返れば、蔵王温泉の発展は地域計画の展望がないままに、スキー需要の増大に追随する形で、民間主導による累積的拡大を遂げた歴史そのものです。結果、他の多くのスノーリゾートと同じく、観光偏重型、季節偏重型まちづくりが進行し、生活者目線のルールや歴史・文化を守り育む視点がないがしろにされてきた経緯があります。
そこで私たちは、暮らす人、働く人、訪れる人すべてが豊かな体験を享受できるまちづくりを目指し、具体的には遊休不動産の再生と文化の継承という小さな、しかしとても重要な点づくりに取り組んでいます。単に建物を建て替えるのではなく、空き家や空き店舗といった既存ストックを利活用し、ユニバーサルデザインや環境に配慮した仕組みを取り入れながら地域文化の保全、深化と経済の両立を目指しています。点がやがて線となり、面となることを信じて“ストリートアントレプレナー”型のまちづくりを実践しているとも換言できます。国や県、市により効果的な政策を打ち出して頂けるようにも、まずは民間としてリスクをとって動いて成功事例をつくる。今度はその成功事例を交渉材料にして、実現度の高い政策検討・立案を官民協働で模索していけるようにしたいと考えています。その姿勢は吉田松陰の「草莽崛起」あるいはケネディの””Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.””にも通じる、市民発の実践型まちづくりです。
私たちが取るアクションは以下の通りとなります。地域が大切に育んできた営みに敬意を払いながら、その歴史と文化のミルフィーユの上に新たな一層を丁寧に積み上げるようなイメージでまちづくりに取り組んでいます。
①遊休不動産の再生と多機能拠点の運営、前述の通り温泉饅頭茶屋と食堂を開業し、新たな地域銘菓の開発や多様なメニューを提供しています。旧旅館三浦屋の改修では喫茶、物販、簡易宿泊を組み合わせ、街歩きを促す拠点として運営しました。千里の道も一歩からという言葉のように、点を線に、線を面にできるよう、小さな点を速度感を持って整備しています。今は小さな点でも、着実に積み重ねることが、振り返った時に大きな変化になっていると信じています。
②文化の継承と進化、閉店した老舗の味を復刻や新しい地域産品の創造など、蔵王温泉の豊かな食文化を尊重しながらも革新していけるよう努めています。今後は、地域の祭事やビエンナーレといったイベントとのコラボレーションを通じて、新たなコミュニティ、交流の結節点を創出したいと考えています。
③多様性への配慮、管理、運営拠点においては、ユニバーサルデザインの導入、多言語対応メニュー、キャッシュレス決済を整備し、国内外の観光客や高齢者・子連れなど幅広い層が安心して利用できるよう工夫しています。
④自然との共生と通年型観光、サロモン社をはじめとするスポーツメーカーと協業し、冬季はスキー、スノーボード、春夏はトレイルランニングやバイクなど四季を通じたコンテンツの組成に取り組んでいます。環境負荷の低い遊び方を考え、山の豊かさを一年中楽しめる体験を提供することで、冬季偏重型、観光偏重型のまちづくりからの脱却を目指しています。
⑤地域資本への投資基盤づくり、遊休不動産の再生で培ったノウハウを活かし、地域金融機関や自治体と対話しながら蔵王温泉内のプロジェクトを支える投資基盤づくりを検討しています。資金調達の手法や事業スキーム、評価指標を検討し、まちの持続可能な仕組みの構築を目指しています。
活動の成果として、主に三つのインパクトが表れています。第一に、遊休不動産を利活用した場づくり、まちづくりを進めた結果、まちに灯りがともり、新たな雇用や関係人口が生まれ、周辺の飲食・宿泊施設への来客増にもつながりました。第二に、高湯通りや蔵王温泉が持つ歴史・文化が再評価され、ユニバーサルデザインや多言語対応による包摂的な環境整備も含め、多世代・多国籍の人々が交わる新たなコミュニティが育ちつつあります。第三に、小さな拠点を次々と生み出し、線と面を描くアプローチが注目され、東京や地方都市、海外からの視察や講演依頼が増えるなど、蔵王温泉での取り組みがストリートアントレプレナー型まちづくりの希望として受け止められています。こういった実績は、行政や民間が協働し、官民連携で実現度の高い政策検討を進めるきっかけにもなると考えています。株式会社Yugeは、蔵王温泉で旅館業を営む岡崎と、都市計画・まちづくりを専門職能とする井上が中心となって設立したまちづくり会社です。慶應義塾大学SFCで出会い、それぞれ別のキャリアを歩んだ後、岡崎はコーネル大学ホテル経営大学院でホスピタリティを学び、井上はハーバード大学デザイン大学院で都市計画、まちづくりを学びました。岡崎にとっては地元を盛り上げたいという想い、井上にとっては日本の地方都市の抱える課題解決を通じ日本の地力の底上げに貢献したいという想いがきっかけでした。ニューヨークのハイライン整備が2人の青年の想いからスタートし、民間企業の寄付や行政の規制緩和、補助金などを引き出したように、蔵王温泉でのYugeの取り組みも、蔵王温泉のみならず日本各地で同様の課題を抱える都市、地方にとっての希望の灯り、課題解決のケーススタディとしていけるよう努めたいと思います。