名前:中村昌弘(なかむらまさひろ)さん HP
職業:シテ方金春流能楽師
JCI歴:2014年入会 / 2018年卒業
主な経歴:2016年狛江向上委員会委員長、2017年理事長、2018年直前理事長ほか

この日は、春から初夏に変わる爽やかな日だった。本来であれば歴代理事長である中村昌弘(なかむらまさひろ)先輩の下へ行くべきところ、新型コロナウイルスの状況を踏まえオンラインでのインタビューを敢行。芸事を生業としている中村先輩ならではの袴姿が印象的だった。

講座写真2【能楽師という仕事】

芟花:本日はよろしくお願いします。狛江青年会議所(以下、JCI狛江)2017年に第37代理事長を経験された中村先輩ですが、お仕事は能楽師とのことで。能楽師というとなかなか馴染みがない人も多いように思いますが、能楽師とはどんなご職業ですか?

中村:日本の伝統芸能です。今日の形になったのは約650年前の室町時代の初期に観阿弥、世阿弥という親子が、当時の流行っている芸能のいい所を集め、世界でも現存しているものとして一番古い舞台芸術を作り上げたというのが能楽です。
能楽は能と狂言の総称です。違いは、能は平家物語や源氏物語を原点としたシリアスな芝居。それに対して狂言は、町中の人が出てきてセリフ劇で話を進めます。ここは一番大きな違いでしょうか。

花:中村先輩は、なぜ能楽師を目指されたのですか?

中村:元々は私の母親が趣味でやっていたのがきっかけです。私が2歳くらいの時に、母親が稽古場に通っているとき、子ども1人を置いていくわけにはいかないので一緒に行っていました。稽古場へ行くと大人の真似事で稽古する。性に合っていたようで、それからずっと続いたんですね。大学時代に就職を考えるとき、能楽を仕事にしたいと思い、師匠に相談しました。師匠からは「食べていくのが大変な仕事だからなかなか勧めることもできないけど」という話をいただいたのですが、両親にも相談をして、大学卒業と同時に能楽師になりました。

『私のように外から入ってくる人たちにも、非常に温かい世界だと思います』【1月2月】3月3日 第3回金春流能楽師中村昌�弘の会 「望月」前シテ

芟花:伝統芸能というと家元制度のイメージがありますが、能の世界もそうなのでしょうか?

中村:家元はもちろんいます。私が担当している役職であるシテ方には五流儀あります。これ以上増えることはまずありません。日本舞踊などは割と自分で家元と名乗れたりするのですが、能はできません。私が所属する金春流の今の家元は81代目です。初代は聖徳太子と同時代の人と言われています。そういった家もある一方で、私のように外から入ってくる人たちにも、非常に温かい世界だと思いますね。私も去年は5回主演をやらせてもらいました。
歌舞伎の場合にもこうしたケースはゼロではないですが、どちらかというと歌舞伎はスターシステムですね。スターが正面に立って率いていくという形です。能の場合はみんなと言っては語弊があるかもしれませんが、誰しもに主役のチャンスがあるというような形になります。

『オンラインは海外の方なども視聴できるのがいい点ですね』2019雅叙園

芟花:新型コロナウイルスの影響でお仕事も厳しい状況かと思いますが、どのような取り組みをしていますか?

中村: 2月29日以降舞台がない状況です。実は6月14日にも主催公演が予定されていたのですが、それも中止せざるを得ないという状況になります。お稽古に関しては、オンラインを始めました。Zoomを使う場合もありますし、ご年配の方もいらっしゃるものですから、カセットテープに吹き込んでやりとりするなんていうこともあります。
5月20日には、能楽の五流儀それぞれが同年代の方をお呼びしてWEB配信をしました。190名を超えるお客様が視聴してくださり、毎日新聞から取材もあり大変反響がありました。
舞や謡(能の声楽)はLIVEに勝るものはありませんが、オンラインは場所、時間など制約がないので、海外の方なども視聴できるいい点がありますね。

【青年会議所(JCI)のコト】

芟花:それでは青年会議所(以下、JCI)の話もお伺いしたいと思います。まずは入会したきっかけを教えて下さい。

中村:現在と同じように、東日本大震災のときにも能楽界は苦しい状況になりました。何かしないといけないと思いましたし、自分自身も何もできないというのは心苦しいなと思ったときに、市内の古民家園で和楽器のチャリティイベントを計画しました。その後も文化庁の助成事業で子供向けの能楽教室を開いたり、能を身近に感じてもらうための講座を開催するうちに、JCI狛江の先輩に出会い「力強い声」をかけていただき、入会に至りました。

『これはえらいところに入ってしまった、と思ったのが正直な最初の印象です(笑)』o79d69a1866a78d82825c6b9a90aabd5a_29012299_200609_0002

芟花:様々な経験がある中村先輩ですが、一番思い出に残っている事業は?

中村:偉そうに話していますが、実は僕は4年しかやっていません。ですが、その4年間が異常に濃すぎて(笑)。最初に入ってやった仕事は、発送物のための名簿を全部打ち直すところからでした。これはえらいところに入ってしまった…、と思ったのが正直な印象です(笑)。
2014年12月に入会し、狛江は会員数が少ないので2016年には委員長を経験しました。担当例会は年5本でかなりハードでしたね(笑)。この年は舞台も多く、次年度理事長だったのでその準備もあり、本当に吐くかと思うような日々でした(笑)。
委員長時代で印象に残っているのは、狛江市を知ってもらおうと企画した「狛江ウォーク」という事業です。当時の外部監事の先輩たちからは、ゴールデンウィークのど真ん中に人が集まるわけがないと言われていましたが、結果50人以上に集まっていただき、一番遠い方は静岡からわざわざ来てくださった方もいました。終了後、お世話になった各所へご挨拶に行った際、「すばらしい事業、ぜひ続けてください」と言われたことが嬉しくて、今でも思い出深い事業になっています。

芟花:担当例会を持つことで様々な経験をすることができますよね。能楽師という仕事に活かされることありましたか?

中村:非常に多いですよ。パソコンのスキルもそうですけど、委員長時代の話ですが、3月の例会で避難所体験事業をやりました。何か参加記念品をということで、飛び込みで大塚製薬に掛け合ってカロリーメイトロングライフを提供いただきました。そういう経験があったおかげで、3年前、「能」と常に能面を着けている女子高生の「能面女子の花子さん」という漫画のコラボレーション企画を実施し、出版元の講談社に何のツテもない状態で掛け合って実現に漕ぎつけました。JCIでの経験がなければ、どうせ無理だろうと思いアクションを起こさなかったと思います。

『メンバーにも「楽しんでもらう」ということを第一に意識していた』IMG_7090

芟花:理事長時代の話もお伺いできればと思います。中村先輩がやってJCI狛江はこう変わったということがあれば教えてください。

中村:僕が理事長になってどれだけ変えられたかはわからないですが、会員数が一桁の時代から徐々に人数が増えてくなかで、雰囲気もよくなってきたのではと思います。僕は東京ブロックのアカデミー研修委員会に入ってJCIが楽しくなったので、狛江のメンバーにも「楽しんでもらう」ということを第一に意識していたと思います。
今も外部監事として関わらせてもらっていますが、みんな本当に楽しそうにやっていますし、僕自身も今でも年々JCIが楽しくなっている感じがします。その点はすごくいいなと思いますね。

芟花:本当に明るいムードで進んでいると思います。We Believe(会報誌)6月号に退会者の少ない青年会議所として掲載されたのですが、それも中村先輩の想いが後輩に繋がっているのかと思います。JCI活動でできた財産を教えてください。

中村:よく言われていることですが、仕事だけでは身に着けられなかったスキルを得ることはできたと思います。宣伝めいて恐縮ですが、「僕らの能・狂言」という本に、流儀の代表として代々能楽をやられている方々と並んで取り上げていただきました。「なぜ僕なのですか?」と聞いたのですが、様々な面白い活動していることと、他の人が思いつかない目線でイベントを企画したりしているという理由で選んでいただいたようです。それは、どういうことをすれば社会的にインパクトを与えられるかというJCIで学んだことが活きていると思います。
もう一点は、やっぱり仲間でしょうね。かわいい後輩がいてくれるし、先輩たちも本当によくしてくれます。地域の繋がりはJCIでないとできないのではないかなと思います。

『「いろいろな視野で見られること」も大きなメリットじゃないかな』IMG_7094

芟花:それでは最後に改めてお伺いします。中村先輩にとってJCIの魅力とは?

中村:「自己成長と仲間」でしょうね。もうひとつ追加すると「いろいろな視野で見られること」も大きなメリットじゃないかな。JCIには役職があります。僕みたいな仕事をしていると家元には絶対になれない(=トップには絶対になれない)ですが、LOM(各地の青年会議所)で理事長を経験させていただきました。小さいLOMでもやはりトップになったら、狛江の代表としていろいろな人と接する機会ができます。逆にトップを経験すると、下で働く時に、上がどのように動いてくれたら動きやすいとか、いろいろな立場から物事が見えてきます。それも自己成長の一環ですけどね(笑)。そういう意味でもJCIの4年間は素晴らしい経験をさせていただきました。

新型コロナウイルスの影響で思うように活動ができない今、心の中でもやもやしていた何かがすっと抜けていったような気がした。混沌とした状況でも、仲間たちと楽しく切磋琢磨し、世の中にアクションを起こすこと。それが私たちのミッションだと、改めて思い返すインタビューとなった。

取材・原稿:芟花英寿(JCI狛江)