会頭所信
外口 真大
1.初めに 2000 年 12 月、私はチェンライというタイ最北端の街を訪れました。 かつて世界最大のケシ栽培地帯として、ゴールデン・トライアングルと呼ばれた地域に、高校の体験学習の一環で訪れたのです。 当時のチェンライは、 街を歩けば多くのストリートチルドレンが観光客に群がるような街でした。 その子ども達には元締めがおり、 搾取されるだけなので、 決してお金を渡してはいけないとガイドの方にいわれ、 帯同していた教師からも強く注意されていました。私も当然お金を渡すことはしないと強く思っていました。 しかし、 ある少女を見て私の気持ちは大きく揺れ動きました。 多くのストリートチルドレンが私を取り囲む中、少し離れた場所からその光景を見る一人の少女がいたのです。 その小学校高学年くらいの少女は小さな子どもを背負い、こちらをずっと見つめていました。そして、背負っている子どもは、顔色が悪く頭は後ろに倒れ、腕も力なく揺れており、亡くなってしまっているのではないかと思うほどでした。 その少女を見た瞬間、少女の姿が私の妹と重なって見えたのです。私には 6 歳離れた妹がおり、少女と似たような年ごろで、 「もしその少女が妹だったら」 そう思った瞬間、私はその少女に駆け寄りお金を渡していました。その行為は間違った行為です。 渡したお金も大人に搾取されるのでしょう。 不公平な行動だったと思います。 しかし、 今日くらいは温かい食事をし、 暖かい布団で寝られるかもしれない。そう考えてしまいました。 このような私にとっては忘れられない経験をして帰国すると、日本では 21 世紀の到来を祝いお祭り騒ぎ。 テレビでは豪華に着飾った芸能人が、 花火が上がるのを見て歓声をあげていました。その光景を見て、自分の無力さを悔しく思いました。きっとあの少女は 21 世紀を祝い、暖かい家で、温かい料理に囲まれていることはない。そう感じたからです。こんな世界は間違っている。 誰かが悲しみに顔を曇らせているならば、それがどれだけ大きな課題だろうと手を差し伸べたい。 小さな子どもが悲しまず、 伸び伸びと生きられる世界を実現したい。それが私の理想となりました。 しかし、 日々の生活や勉強などに追われて過ごす中、 その理想は心の奥底にしまわれていきました。そして、2010 年、私は青年会議所に入会することになりました。入会した理由は、 叔父の紹介というありふれたもので、 大きな夢や希望を持って入会したわけではありません。 青年会議所とは何かよく分からないまま、 ただ仲間と楽しく過ごす日々を送っていました。 ところが、 ありふれた日々を過ごす中で、 私の青年会議所への見方が変わる出会いを得ることができました。 その人は本気で社会は変えられると信じ行動をする人でした。 その人は綺麗事を堂々と語り、その綺麗事に愚直に挑戦し続けていました。 そんな綺麗事は実現するわけはない。 私は初めそう思いました。 しかし、その言葉、行動、そして、 彼から学ぶ青年会議所の歴史や運動から、 世界は変えられるかもしれないと思うようになりました。 2000 年 12 月に感じた想いが呼び起こされ、その理想の実現のために行動しようと強く思うようになったのです。
青年会議所は世界を変えることができるのか。
第二次世界大戦中、 世界平和を夢見て JCI は誕生しました。そして、 日本青年会議所も戦後の焼け野原から新日本の再建を夢見て生まれ、 世界の多くのメンバーが世界を動かし、 より良い未来を築いてきたのです 。 社会が暗い影に覆われていようとも、 その暗闇を照らす光となり、 光を与えることこそが我々青年会議所が行ってきたことなのです 。 その長い歴史に培われた伝統という遺伝子を受け継ぐ私たちに、世界を変えられないはずはないのです。
変わったのではない、変えたのだと誇れる未来へ
2.さあ、世界を創ろう 【社会課題解決運動ではなく、社会開発運動へ】 2025 年、第二次世界大戦の終結から 80 年を迎えます。戦後の焼け野原から、復興と高度経済成長によってアジアにおいて、いち早く豊かさを体現した国家として、また、環境・社会問題を克服して安全・安心に暮らせる社会システムを作り上げた国として、 日本は多くのアジア諸国に国づくりのモデルを提供してきました。 しかし、 現在、私たちは前例のない大きな課題に直面しています。世界規模の環境問題、極端な格差、分断、戦争など、世界は混沌の中にあります。 いつどこでも誰とでも繋がることができる時代。 価値観が今までにない速度で変容し、 日本がどの方向に進むのかも不明確で、漠然とした不安感という暗闇が社会を覆っています。しかし、 私たちの先達は戦後の混乱の中であっても、「何かが起こるのを待つ」 のではなく、「未来を創る」ことを選択し続けてきました。戦後の混乱という想像を絶する現実に対し「新日本の再建は我々青年の仕事である」と、 未来を自らの手で創る選択をしました。 青年会議所は、 社会が不安という暗闇に覆われている時こそ、 その暗闇に光を灯し、 その現状を打破してきたのです 。 「明るい豊かな社会」という希望の光を灯し、未来を創ることが創設当時から変わらぬ使命なのです 。 未来を創るなど、 現実を知らぬ馬鹿者の理想だと笑う人もいるかもしれません。 どれだけ青くさくても理想を描かなければ、それは人生という航海を羅針盤なしに進むのと同じです。だからこそ理想を語りましょう。どれだけ他人に馬鹿にされ否定されようと、理想を語り、その理想を達成するという使命感を強く持ち行動することが、 未来を創るということなのです 。 それこそが社会開発運動なのです。 目の前にある課題だけに囚われるのではなく、 理想の未来を描き、社会を開発していく運動への回帰こそが今行うべき運動の指針なのです。
【新社会システムの創造から、個人の意識改革へ】 私たちの理念である 「明るい豊かな社会」 とはどのような社会なのでしょうか。 社会が大きな転換期を迎える中、明確に未来を示し、 実現のために行動することが私たち青年会議所の仕事なのです。 明るい豊かな社会の実現のために、多くの市民を巻き込み、「新社会システムの創造」から 「個人の意識改革」 を目指していくことが、 JC 運動のあるべき姿であると私は考えます。「新社会システムの創造」と「個人の意識改革」という JC 運動の両輪へ変化を起こし、新たな世界を創るためには、未来の課題を予測し未来を創る事業と、多くの共感が必要です。 未来の課題を予測し未来を創る事業とは、現在ある課題の対症療法を実行するのではなく、 理想の未来を描き、 それを実現するための道筋を未来から現在へと遡り課題解決を行う事業です。 目の前の課題をモグラ叩きのように対処するのではなく、 理想の未来を創るためにバックキャスティングをし、 課題を解決する。 それこそが戦後の焼け野原から生まれた青年会議所が率先して行ってきたことであり、 VUCA と呼ばれる時代、 格差や分断、戦争という予測不能な社会課題が多くある中でも、変わらぬ JC 運動の本質なのです。 そして、 共感を生むだけの運動では意味がありません。 共感を得られたとしても、 実行へと移すための手法が分からず 、運動としての広がりが得られないのです。市民に対して新社会システムを示し、そのシステムに共感を得ることが最も重要です。市民が実践できる手法を示し、そのシステムから共感を得られることからはじめていきましょう。 多くの共感を獲得し、その課題を社会共通の課題としなければ、 個人の意識改革は望めません。そのためには、 積極的に新たな挑戦を行う必要があるのです。そして、 JC 運動の本質を置き去りにすることなく、時代に適した手法の選択が必要なのです。
3.世界に冠たる日本へ 【運動で世界をリードする】 日本青年会議所には自分たちの運動で世界を動かした経験があります。それは、1993 年から始まった「もったいない運動」です。この運動は大勢の方の共感を得て、翌年には JCI公式プログラムに昇華し、 ノーベル平和賞をアフリカ人の女性として初めて受賞したワンガリ・マータイ氏からも共感を得て、日本語の「もったいない」から世界共通語として「MOTTAINAI」へとさらに昇華されました。 このように世界をリードすることができる運動が今の日本青年会議所にもあります。それが 「JCI JAPAN グローバルユース国連大使育成事業」です。この事業は、2011 年から始まり、日本の学生と海外の学生が共に国際社会の抱える課題や、日本と世界の違いを学び、国内の視点、海外の視点からグローバルな視点を持って世界で活躍できる人財を育成することを目的としたプロジェクトです 。2024 年 JCI ASPAC アンコール大会ではグローバルピースサミットが開催され、その場で学生たちの発表が行われました。その成果発表は多くの共感を生み、 自国での開催を考えたいという声を多く得ることができました。この経験から、 JCIグローバルユース国連大使育成事業へと昇華させ、世界をリードする日本青年会議所の事業となるよう世界各国での開催を目指します。
【日本が秘めた可能性】 現在、日本では人口減少が大きな課題となっています。しかし、世界に目を向けると人口増加が世界の課題とされています。国連の発表によると現在の世界人口は 80 億人を超え、2037 年には 90 億人、2080 年には 104 億人でピークを迎えると予想されています。日本のみで考えればマーケットは縮小傾向にありますが、世界的に見ればマーケットは拡大し続けているのです 。また、2050 年に世界の人口は東アジアや南アジア、アフリカなどの途上国・新興国が 80%以上を占めると予測されています。世界の景色は今と大きく異なり、世界の 80%以上を占める途上国・新興国の市場を目指した製品開発は日本の輸出に弾みをつけ、地域産業を活性化させる展望が開けるはずです。そして日本は、それを現実にする実力を有しています 。 その可能性の証明となるのが、ハーバード大学国際開発センター成長研究所が開発した、Economic Complexity Index (ECI)です。 これは経済複雑性指標と訳され、 このランキングにおいては 1995 年から最新の 2021 年まで日本は常に1位をキープしています 。この経済複雑性指標は輸出品目の多様性と複雑性に基づいて国をランキングしたもので、複雑性の高い国は高度で専門化した様々な能力を備えており、 高度に多様化した複雑な製品群を生産することができるといわれています。 このように、 日本は一つの産業に特化しているのではなく、 高度な専門性と多様性を有していることから、 世界に冠たる国となる余力を秘めているといえるのです。 この経済複雑性指標が示すのは、日本は多様かつ希少な製品づくりが強みであるということです。 これは今まで漠然と日本の強みであると考えられてきたものが正しいという証左なのです。眼鏡や刃物、革製品、漆器、日本酒、フルーツ、アニメ等はジャパニーズクオリティとして評価されていますが、まだまだ地域にはこのような可能性を秘めた製品やサービスが眠っているのです。
【海外市場へ挑戦するために】
経済複雑性指標に示されるように、 私たちには大きな可能性があります。 その可能性をどのように現実にするかが重要なのです 。日本はガラパゴスだと揶揄されることがありますが、 ガラパゴスというのはむしろ大きな価値であり、 独自の発展をした日本だからこそ可能性があるのです。その特異性を大いに活用するためには、第三者的視点が重要となります。地域で地域のことを考え、 魅力を発信することは大切ですが、 俯瞰的に価値の存在に気付くことが重要なのです 。 よく日本には自身の魅力に気付いていない地域が多くあるといわれます。 地域だけで地域のことを考えるから気付けないのではないでしょうか。 だからこそ外からの目を取り入れ、 地域に眠る大きな可能性を発掘する必要があるのです。 例えば地区協議会、 ブロック協議会に囚われず、 交換留学のような形で外からの目を積極的に取り入れていく取り組みなどが重要になるのです。 同じ課題意識を持つもの同士が、 お互いに外からの目で見て可能性を発掘することができれば、それは人財交流以上の価値をもたらします。 そして、 発掘された魅力を全国、 全世界に広めることができるネットワークを既に有していることが、我々青年会議所の大きな強みなのです。
4.地域の価値を日本、そして世界へ 【魅力ある運動の発掘】 日本の産業には多様性と複雑性があり、それこそが日本の魅力です。それは私たち青年会議所にも同じことがいえるのではないでしょうか。設立当初、「青年会議所は地下水のごとく自然発生的に生まれる団体でなければならない」といわれていました。だからこそ LOMは独立し、それぞれの地域で多種多様な運動を展開してきたのです。そして、日本青年会議所は、総合連絡調整機関として相互啓発と情報共有のために存在しています。このような歴史を鑑み、総合連絡調整機関としての機能を強化する必要があるのではないでしょうか。 相互啓発と情報共有のために、 カギとなるのは AWARDS JAPAN だと考えます。 AWARDSJAPAN は優れた運動を称賛するという側面が強くなっていますが、一番重要なことは日本各地で展開されている質の高い運動を知り、全国に共有することです。個別の政策・運動の一つひとつの質が非常に高いとしても、それは部分最適であり、全体最適ではありません。その合成の誤謬を解決するために、総合連絡調整機関としての機能を強化する必要があるのです。 日本青年会議所として優れた運動を作ることも重要ですが、 全国各地で今も生まれ続けている質の高い運動を全体最適化し伝播する。この機能強化を行ってまいります。 質の高い運動を新社会システムとして、どのような地域でも展開できるよう広げていくことが重要なのです。
【環境面を入口とした持続可能な地域づくり】 日本を訪れる外国人の多くは、 日本の自然と文化を一つの目的として訪れています。 日本の自然観の特色は、 円環的・循環的であるといわれています。 限られた資源を有効に利用し、自然との共存を目指す。 自然=人間という循環から生まれた文化と伝統があるからこそ、 今の日本はインバウンドの恩恵を享受しているのです。このように人々を感動させる自然や文化は先達より受け継ぎ、私たちの子孫に残していかなければならない大きな財産なのです 。 しかし、日本はこのような自然、文化を活用しきれていないといわれています。その資源を最大限活用することで経済成長を生み、その利益を環境保全に充てることで好循環を作る。この取り組みを加速化するためにも外からの目を活用し、 持続可能な地域づくりを行う必要があります。 自然や環境に配慮するという視点から、 自然や環境を大いに活用し利益を生むという視点へ変えることで、 持続可能な地域づくりを目指していくことができるのです。
【地域のさらなるアップデート】 地域には魅力ある運動が多く存在するように、 新たな経営手法や人財も多く眠っています。日本青年会議所もその発掘のため、 価値デザインコンテスト、 TOYP を開催していますが、発掘し表彰するにとどまっているのが現状です。 この価値ある情報の活用こそが次のステップではないでしょうか。 過去の情報から地域を活性化させる手法を抽出し、 表彰者と連携し運動へと昇華させることが重要となります。 日本青年会議所単体として運動を起こすのではなく、 多くのパートナーと共に運動を起こすことで、 新たな革新を創造することができるのです。
5.日本の基盤強化に向けて
【好奇心というエネルギーを】
アイザック・ニュートンはりんごが木から落ちるのを見て、 万有引力の法則を発見したという有名な逸話があります。 りんごが木から落ちるという事象は、 他の人々にとっては当たり前の事象ですが、ニュートンにとっては好奇心に火をつける事象だったのです。そして、その好奇心が持つエネルギーこそが世界を創る重要な原動力となったのです 。
GAFA といわれ世界を席巻している Google、Amazon、Facebook、Apple に共通するのは、「好奇心や遊びから始まっている」ということです。計算ではなく、好奇心というエネルギーをそのまま形にすること。確かに KPI を設定することや売上高等収支を計算し予測することは重要です。しかし、そればかりに気をとられてしまうと、好奇心というエネルギーとはかけ離れた場所に着地してしまいます。好奇心を刺激し、習得型教育ではなく、探求型教育へのさらなる移行が重要となります。子どもが持つ可能性は無限です。しかし、その可能性がどこにあるのかは分かりません。だからこそ、 子どもの前に一つでも多くのりんごという可能性を示してあげることが重要なのです。
そして、現在の情報化社会「Society 4.0」に続いて訪れる新しい社会「Society 5.0」が動き始めています。Society 5.0 とは、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を融合させたシステムにより、 経済発展と社会的課題の問題解決を両立させた人間中心の社会を目指す仕組みです。 Society 5.0 の実装により、 個別最適化された学びの機会や場を提供することが可能になり、これまでの教育や学びのあり方が大きく変化していくといわれています。それに先駆け、個別最適化を目指した教育システムの構築を行っていく必要があるのではないでしょうか。
【必ず訪れる危機に向けて】
過去を紐解くと、1,000 人以上の死者行方不明者が出た災害は、1959 年の伊勢湾台風の後から 1995 年の阪神淡路大震災まで生じていませんでした。この 36 年間に日本は「奇跡の経済成長」 を果たしましたが、その成功にはこの時期が大災害の空白期であったことも大きく寄与しているといわれています 。 しかし、 日本は繰り返し自然災害に見舞われてきたのも事実です。いつ起こるか分からないが、必ず起こる危機に対して、いかに被害を少なくするよう備えるのかが重要であり、日本という国で生きる上での生き方とすらいえるのではないでしょうか。
2024 年 1 月 1 日、私は日本青年会議所の専務理事として令和 6 年能登半島地震への災害支援を経験しました。 直面したのは、 今まで作り上げてきた災害対策マニュアルでも想定外のことが多発するという事態でした。 阪神淡路大震災や東日本大震災の経験を踏まえて構築してきたマニュアルがあるにも関わらず 、想定していなかった事態に、その都度の現場判断を行わざるを得ない状況がありました。
しかし、 そのような状況の中でも自らも被災したにも関わらず 、 率先して行動する青年会議所メンバーが多くいました。今後起こるであろう首都直下地震や南海トラフ地震等に見舞われた際も、 地域の青年会議所メンバーが率先して動くのだろうと確信しました。 だからこそ、 その効果をより高めるために質の高いリーダーの育成が急務なのです。 緊急時におけるリーダーシップは、 単に命令を出すだけでなく、 人々の信頼を得て行動を促進することにあります。そのためには、コミュニケーション能力、決断力、柔軟性などが必要です。震災は社会全体に大きな影響を与える災害であり、その際に果たすリーダーシップの役割は極めて重要となるからです。
【今訪れている危機に対して】
1945 年 8 月 14 日、終戦の詔書の発布により日本は終戦を迎えました。そして、2025 年は終戦から 80 年を迎える節目の年となります。そのような節目を迎える中、ロシアによるウクライナ侵攻、 イスラエルによるパレスチナ自治区への攻撃等、 人類は世界平和という人類の夢からかけ離れた場所にいます。 我々は対岸の火事として見ているだけでいいのでしょうか。 310 万人もの戦死者を出した歴史を持つ世界唯一の被爆国の国民として行動する必要があるのではないでしょうか。 争いには両者ともに言い分があり、そのどちらが正しいのかを評価することは困難です 。しかし、それを理由に問題から目を逸らしてはなりません。
戦わないことを皆が選ぶこと。ただそれだけ。 助けを求めている人がいれば手を差し伸べ、自分が苦しみにもがいている時は助けてもらう。すべての人が自分と等しい存在なのだと気付けた時、世界中のどんな飢餓も貧困も悲惨も残虐も、 私たちは終わらせることができるのです。
これは青くさい理想です。実現可能性は限りなくゼロに近いのかもしれません。しかし、私たちが、 私たちの子どもが生きる未来を諦めるわけにはいきません。 私たちの子どもが命の危機に怯えず 、笑顔を絶やさない世界を創らなければならないのです。
そのためにも、過去の悲劇を学ぶ必要があります。80 年という時を経て風化しつつある悲劇を繰り返さないために、そして、 世界に同じ悲しみを背負わせないために、 世界と行動を起こす必要があるのです。
【公正な経済に向けて】
JCI Creed には公正な経済は我々の自由な経済活動によってこそ果たされ、という文言があります。 平等でも公平でもなく、 公正な経済と記されている意味を考える必要があるのです。資本主義とは、一般的に個人が自由に資本を持ち、商売できる仕組みを指します。資本主義には自由競争を通じて経済の発展に繋がるメリットがある一方で、不況により失業が発生する点や貧富の差が拡大しやすいという課題があります。 この課題を解決するために公正な経済という観点が重要となるのです。
公正な経済を達成するためには、 人々が共有できる財産をどのように増やしていくかを考えなければなりません。 一部の富裕層が独占するのではなく、 人が人として正しく生きるために重要なリソースを共有の財産として守り、自由な経済活動を阻害させないために取り組みを行っていかなければなりません。 そのためにはアソシエーションという言葉が一つのカギとなるのです 。 アソシエートとは、 人々が連帯して結合していくといった意味です。 人々の自発的な相互扶助や連帯を基礎とした民主的社会を構築することで、資本主義が抱える課題を解決していきましょう。
6.家族・会社・地域のために 【家族・会社・地域のために】 明るい豊かな社会の実現を目指し運動を展開している私たち青年会議所ですが、 時折「JC運動・活動によって会社の業績が悪化した」「家庭がうまくいかない」などの話を聞くことがあります。 社会の最小単位は家族であり、 家族や会社の犠牲の上に明るい豊かな社会は成り立ちません。東京青年会議所の初代理事長である三輪善兵衛先輩も「家族・会社・地域を良くしたいという青年が集まった」と話されています。その「原点」に私たちは今一度立ち返る時がきたのです。 その「原点」とは、JC 運動を通して家族・会社・地域を良くするということだと考えます。会議回数を減らすといったことは手法でしかないのです。決して効率だけを求めるのではなく、効果の最大化を目指す中で生産性の向上を実現していかなければなりません。「原点」を踏まえ、会議回数や会議手法等の議論に終始するのではなく、私たちの事業が家族・会社・地域を良くすることに繋がっているのかについて議論する必要があります。 青年会議所運動の本質を変えることなく、本質にそぐわない部分は不断の決意で変えなければなりません。そして、すべての会員が「家族・会社・地域のために」と誇れる組織への改革を目指す必要があるのです。
【多彩な人財が活躍するために】
優れた運動を創るためには多彩な人財が必要です 。 多様性という話が出る時、必ず青年会議所は男性ばかりで多様性がないとの批判に晒されます 。しかし本来、同性の人間のあいだにも豊かな多様性があり、それをないことにして異性を入れておけばそれでよし、とする考え方は多様性の本質から乖離するのではないでしょうか。「多様性の本質」は性別、国籍、宗教ではなく個人にあるものです。 対立があるからこそ対話に深みがあり、 新たなアイデアが生まれる。 対立を恐れ、また対立を排することに心を労するのではなく、いかに受け止め調和するかを考えることが、多彩な人財が活躍するための土壌となるのです。
しかし、 多様性を追い求めることは、 誰でも自由に何でもしていいということではありません。 ハーバード大学社会科学名誉教授であったデイヴィッド・リースマン著 『孤独な群衆』という書籍の中に、「“伝統”から解き放たれた共通の価値観を失った現代人が、無力感虚無感に囚われ、“孤独な群衆”となり他者への同調傾向を示すようになる。価値観の多様性。これを前提とした自由は皮肉にも人々に無秩序状態をもたらし、人間の画一化という結果になってしまう。」と語られています。孤独な群衆とならないために重要なのは、共通の価値観を持ち、人財や手法には多様性をもたせるということなのではないでしょうか。 「原点」や「伝統」と聞くと、古い、もしくは固いというイメージを持つ方がいるかもしれません。しかし、「原点」や「伝統」は、私たちの「共通の価値観」なのです 。多様な価値観を前提にしてしまうと、「共通の価値観」 は失われ、ただの孤独な群衆となってしまいます。だからこそ、設立趣意書や綱領、クリードを、「共通の価値観」とし、この部分に関しては多様性を認めないと、強く伝えていくべきなのです。そうしなければ、組織ではなく、群衆へと成り下がってしまうからです。
【常に LOM ファースト】 現在、日本青年会議所として抱える大きな課題として、会員数の減少があります。LOMとは運動のエンジンであり、このエンジンの弱体化は、 日本青年会議所の弱体化に直結します。このような課題に対して、総合連絡調整機関として何が重要なのでしょうか。それは、よりリアルな声を吸い上げるということです。LOM の課題は拡大、人財育成、運動構築等多岐に渡ります。その上で日本青年会議所として、運動を押し付けるのではなく、徹底した調査から、LOM に対する支援を検討し、適切な手法を提供することが重要となります。日本青年会議所が遠い存在になるのではなく、常に LOM を一番に考え、LOM に寄り添い、個別最適化した支援策の提供を行ってまいります。
【協議会の拡充】 会頭の名代であり、 最も LOM に近い組織がブロック協議会であり、 重要な位置付けとされている協議会であります。しかし、今、全国的に会員数の減少や在籍年数の減少問題があり、ブロック協議会の議長・委員長たちが、LOM で理事の経験をせず、入会間もないメンバーが重責を担っていると聞きます。 これでは、 日本青年会議所の考える運動や支援が広まらない結果となります。 その課題を解決し、 選ばれる団体を創り上げるためには拡充が必要不可欠です。拡充とは「知見を拡げて、活動を充実させる」ことであり、拡充すべきは運動であると考えます。運動の価値を高めるために組織の存在意義や考え方をしっかりと学び、運動を通して社会に価値を示し、 自己成長することで拡大のサイクルを創り上げることができます 。JC プログラムの JCI Achieve や JCI Impact をブロック主導で開催し、青年会議所の理念や目的を理解し、 アクションフレームワーク等を活用し、 運動を構築できる人財の育成を行ってまいります。
7.最後に 私は 2023 年、日本青年会議所の国際担当常任理事としてアジアをはじめ多くの国々を巡りました。その時に感じたのは、 特にアジア圏の人々が、「今日より明日はもっと良くなる」という確信を持って生きているということでした。悲観的にならず、明日に希望を持って生きる姿は眩しく、その生き方には憧れすら感じました。 その光景を見た私は、きっと高度経済成長期の日本の人々も同じであったのではないかと思いました。今は失われた 30 年、物価高騰、人口減少等、悲観的なニュースばかり取り沙汰されています。 確かに物事を悲観的に考える人が多いのかもしれません。 危機に際して慎重さは絶対に必要です 。しかし、過度に悲観する必要はないはずです。日本は半世紀以上、平和を築き、繁栄を続けてきました。Japan as No.1 とさえいわれ諸外国から尊敬されるモデルの一つにもなりました。そして、東日本大震災等、多くの危機を乗り越えてきました。
だからこそ日本はどんな難局が訪れたとしても、
必ず乗り越えられると私は確信しています。
POWER OF ONE
一人の夢や理想が、何百万人もの人を突き動かし、世界を変えてきたのです。
長い歴史を持つ私たち青年会議所。伝統は超えていくことに意味があります 。
偉大な先達の轍を信じ歩みながら、それでも己の手で考えることをやめない。
革新とはその先に待つものなのです。
「世界は変わったね」と話す傍観者になるのではなく、「世界を変えたのは私たちだ」と誇れる未来を創らなければなりません。
変わったのではない、変えたのだと誇れる未来へ