名前:岩崎愛子(いわさきあいこ)さん HP
職業:歌手/作詞家
JCI歴:2012年入会
主な経歴:2014年誇りあるまち日野委員会副委員長、2016年東京ブロック協議会運動発信委員会副議長

JCI日野では最長年数の女性メンバーという岩崎愛子さん。2012年に入会し、今年で8年目。昨年、一昨年と2年間の休会を経て、今年から活動を再開している。

岩崎愛子①

【歌手/作詞家の仕事】
原田:本日はよろしくお願いします。ちょうどこちらに岩崎さんのCDがありますが、演歌ですね。どうして演歌歌手という職業を選んだのでしょうか?

岩崎:小さい時に両親が演歌歌謡曲の番組を見るのがとっても好きだったので、ものごこころがついた時から演歌に触れていたのが一番大きなきっかけです。このブラウン管に入りたいって夢を叶えてしまいました(笑)。

原田:素晴らしですね。なかなか夢を叶える人はいないですからね。普段の活動はどのような動きをされているのでしょうか?

岩崎:自分で詩を書いているので、こんな歌を書きたいなとテーマを決めて、それに曲を乗せていただいて、スタジオでレコーディングをし、それをCDとして発売する際にジャケット撮影をします。皆さんと協議を重ねながらこの写真を使ってここはほっそりしてください(笑)と言いながら作品を作って、販売が始まったらレコード店やショッピングセンターでキャンペーンをしています。また、地域のイベント夏祭りや秋祭り、自主イベントでライヴとかコンサートを行っています。

「いま流行している曲にも、演歌調のような節回しがありますよ」
岩崎愛子②

原田:演歌の魅力を教えていただけますでしょうか?

岩崎:若い方はなかなか取っ付きにくいかと思いますが、演歌は日本人にとっては基礎になる音楽だと思っています。演歌のメロディーラインや伝えたいと思っている詩の世界は、日常の中に隠れていることがよく歌にされていて、聴くと心にグッと染みるような歌になっています。いま流行っている『Lemon』などは、たまに節回しが演歌調のようになっているところがあります。やはり日本人には伝わるところがあるのではないかと思っていますので、これからもそこを一生懸命伝えていければと思っています。

【青年会議所(JCI)のコト】
原田:では、青年会議所活動について教えてください。岩崎さんが青年会議所に入会したきっかけを教えてください。

岩崎:2011年に発生した東日本大震災の際、何か東北の皆様にできないかと思い路上活動しながら募金活動をしたことがありました。実際に集めた募金を持って気仙沼の町に夜行バスで行き、現地で災害ボランティアもしました。こんな活動していきたいな思っていた時に誘っていただいた異業種交流会で「地域貢献やボランティアできる団体知ってるよ」と声をかけていただいたのが青年会議所でした。
最初にお声がけいただいた時は丁重にお断りをしたのですが、地元でお世話になっているJCの卒業生の方に、「歌手なので皆さんみたいなお仕事をしてない」と相談したところ「逆に社会人経験をしてないのだから、社会を教えてもらえる良い機会だからやっちゃいなよ」と言われ、背中をトンと押されて入会を決めました。

「わんぱく相撲東京都大会で国家独唱。これが一番緊張した瞬間でしたね(笑)」
岩崎愛子④

原田:これまでで一番印象に残っているJCでの出来事や事業を教えてください。

岩崎:いくつかあるのですが、JCI日野ではじめてわんぱく相撲をした時。ちょうど担当委員会に所属していたので手探りでわんぱく相撲を開催し、子どもたちが楽しそうに相撲に取り組んでいたのを見てほっとしたのと嬉しかった気持ちがありました。
その後に、JCI日野でわんぱく相撲東京都大会を主管した際、国家独唱をさせていただいたのですが、あの時は心臓から喉が出るほど緊張しました(笑)。あの時が今までの青年会議所活動のなかで一番緊張した瞬間でしたね(笑)。

「JCでの出会いをきっかけに『哀愁の猪苗代』という歌が生まれました」
岩崎愛子⑤

原田:それでは、岩崎さんがJC活動で得た財産、仕事に活かされていることがあれば教えてください。

岩崎:一番の財産は人です。最初は会社を経営されている方たちがほとんどで男性メンバーが多いなか、ひょっこり入会してすごく不安だったのですが…皆さんとすごく仲良くさせていただいて、人脈が広がったことが一番です。
たまたま府中のOBの先輩にお会いする機会があり、その時は名刺交換しただけでほとんど話さなかったのですが、後日連絡をいただいて「確か歌を歌ってたよね」と言われ「はいそうです」と答えたら、伊豆大島の土砂災害で家が流されてしまって仮設住宅に住んでいる方たちを励ますために、みんなで芋煮会というのをするのでぜひ歌を歌って欲しい、というお話をいただきました。
そして伊豆大島へ行き、サプライズで福島県・猪苗代の農家の方ともご一緒させていただきました。その方は震災で直接的な被害はなかったようなのですが、風評的な被害で食べ物が全く売れなくなってしまったようで、それでも頑張る、という姿勢をぜひ大島の方々に伝えたいと、自分たちで育てた農作物を使って芋煮を作ってくださいました。
その出会いがきっかけで、この『哀愁の猪苗代』という歌が生まれました。猪苗代でツアーを開催した時にも、JCI猪苗代の皆さんも歌を聴きに来てくださり、それから今でも交流させていただいています。
本当にJCってすごいなと感じています。出会うきっかけを与えてくれた、というかチャンスを与えてくれたのがJCだなと思います。

「受け身でいるのではなく、自分で行動して輪に入っていかないとチャンスを掴めない」
岩崎愛子⑥

原田:素晴らしいお話ですね。JCI日野ではコロナ禍でどのような運動が行われているのでしょうか? また、岩崎さん自身が何かやってみたいことはありますか?

岩崎:JCで面白いのはいろいろな人に会えること。それができない状況の中でも、WEB上で交流をする機会を毎週作っています。さらに、他の地域の方と繋がるような企画をしてくれたメンバーもいて、学生、
農家さんと一緒にお話をしてこれからどうすればいいのかなんて話をしたりしています。
私は、他のまちの人とも繋がれている、というのがとっても好きなので、他のLOM(各地の青年会議所)と一緒に何かするというのもやってみたいなと思っています。

原田:では最後に、岩崎さんが思うJCの魅力とは何でしょうか?

岩崎:JCは、受け身でいるのではなく自分で行動して輪に入っていかないとチャンスを掴めないと思っているので、とにかく積極的に、例会、委員会に参加したほうが良いですよね。
それから、自分のLOMも良いのですが、他のLOMの方とも交流を持って、他のまちの方がどういうことをしているのか、他の地域の財産って何だろうっていうところにも目を向けると、自分のまちに帰ってきた時に、日野もこんなところがあったんだ、とかって新しく気が付ける事があると思います。ですので、ぜひ他のまちの方と交流をしていただけたら良いのではないでしょうか。

取材・原稿:原田信也(JCI日野)