名前:賀陽智之(かやともゆき)さん
職業:田無神社宮司 HP
JCI歴:2014年入会
主な経歴:2017年指導力開発委員会委員長、2018年理事長、2019年直前理事長ほか

今年、御遷座三五〇年を迎える田無神社で宮司を務める賀陽智之さん。宮司就任から8年間「開かれた神社」を信念に、どのようにして地域と繋がってきたのか。国登録有形文化財に指定されている田無神社 参集殿にて、仲間との深い関係について聞きました。

「老若男女、みなさんが楽しめる催しになることを心掛けています」
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鈴木:本日はよろしくお願いします。まずは自己紹介いただけますか。

賀陽:田無神社で宮司の職を仰せつかっております。西東京市の田無町に鎮座する神社で、8年前に父が他界して引き継ぎました。青年会議所のほか、地元消防団や商工会青年部などで地域活動をしています。

鈴木:田無神社の主な行事はどのようなものがありますか。

賀陽:一番大きなお祭りは10月の例大祭です。現在のこの場所に田無神社が移ってきた日が例祭日。お神輿渡御や奉納演芸で盛り上がります。また、2月3日は節分祭、6月は大祓の茅の輪くぐり、7月には七夕のトンネル、11月には熊手の酉の市があります。

鈴木:年中通して催しがあるのですね。何か工夫している点はありますか。

賀陽:年代のターゲットを絞らないことに意識しています。老若男女、みなさんが楽しめる催しにしようということを心掛けています。あとは、インスタ映えする工夫をしています。もちろん、神社の品位を落としてはいけません。

「青年会議所のメンバーが神社にアイディアをくれる」
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鈴木:インスタグラム用のボードもありますよね。

賀陽:ありますよ。うちわも。あれは、青年会議所メンバーの助言で作ってみたんですよ。多くの方がボードを使って記念写真を撮られています。

鈴木:田無神社はインスタグラムに力をいれていますが、ラジオ番組ももっていますよね。

賀陽:ラジオ局から打診がありまして、月1回の番組を頂いてから今年で4年目になります。毎回異なるゲストをお招きして、本音の話を聞けることが魅力です。話を掘り下げる練習にもなり、自分のスキルが上がるのを実感できて面白いと感じています。

鈴木:どのような方がゲスト出演されているのですか。

賀陽:青年会議所メンバーが2割くらいかな。青年会議所メンバーを意識しているわけではないけれど、地域で活躍しているのが、たまたま青年会議所メンバーやOBだったという感じです。あとは、有名なお笑い芸人が来てくれたりしました。

鈴木:凄いですね!

賀陽:でも、そのお笑い芸人も近隣の青年会議所メンバーが紹介してくれたんですよ。結局は全部、青年会議所の繋がりなのかな。人脈凄いですよね、青年会議所は。

「神主ではなく他の世界をみてきたことが、自己成長に繋がっていると思います」
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鈴木:田無神社の宮司になる前は、どのようなお仕事をされていたのですか。

賀陽:北里大学を卒業した後、慶應義塾大学大学院修士課程に進みました。神社界では珍しいかな。理系だったので、大学で学んだことを神社でのご奉仕に活かす機会はあまりないですね。卒業後の進路は、企業の安全衛生や生産管理部門への就職も考えたけど、最終的にマスコミ業界に進みました。ただ、就職して2年で父が他界してしまったので、若くして辞めることになりました。

鈴木:当時は、どのようなお仕事をされていたのですか。

賀陽:東日本大震災の時期だったので・・・。3月12日には東北に向かっていました。拠点を岩手県の一関に置き、八戸、気仙沼、石巻など被災地を周りました。余震がまだ続いており、報道も錯綜していたので、凄く怖かったです。想像をはるかに超える惨状でした。絶望的な状況にぼう然自失となりました。同行したシンガポール支局のカナダ人記者は、世界の紛争地域で取材をしてきたベテラン記者でしたが、東北での取材は当時の紛争地域での取材と比べても辛かったと語っていました。
このときの経験をあって、福島県のいわき市で毎年3月11日に斎行される復興祈願祭のお手伝いに2013年から参加しています。
風化が進み、記憶が薄れれば、復興の妨げになります。現在でも、求められている復興支援は多くあります、災害の悲惨さを理解し、現状を知ることから始め、支援を継続していくことが大切です。

鈴木:前職での経験が現在どのように活かされていますか。

賀陽:直接活かすのは難しいです(笑)。写真を撮ってきたので、神社の広報では少し活かされているかな。田無神社では年に4回程、社報を発行しています。今年の夏で28号、社報に命を注いでいます。
それと、強いて言えば、大学卒業してから直ぐに神主になるのではなく、遠回りして他の世界をみてきたことで、広い視野で神道、神社を見ることができているかな。

「熱意に押されて、この人のために入ってみるか! と思ったのがきっかけ」
賀詞交歓会2018

鈴木:西東京青年会議所に入会したきっかけはなんですか。

賀陽:父が田無青年会議所に入っていたので、存在は知っていました。お酒を飲むことが多くて、あまり良い印象はありませんでしたが(笑)。でも、父が楽しかったと言っていたのを覚えています。2013年に当時理事長であった鈴木一秋先輩が訪問してきて勧誘されました。お断りしましたが、何度も訪ねてきました(笑)。気がつけば入会していました。怖いですね(汗)。

鈴木:西東京青年会議所の2018年度理事長時代には、どのような学びや気付きがありましたか。

賀陽:当時は期首17名スタートとメンバーがとても少なかったです。それでは思うように青年会議所運動ができないため、新規メンバーを募集することに力を注ぎました。最終的にメンバーを10名増やすことができたので満足しています。大きな事業は行えなかったですが、会を存続させるために、新規メンバーを増やそうという思いがみんなに伝わり、一体感を産み出せました。
またこの年、一部の青年会議所メンバーが、商店街や農家、地元議員の方々を呼び掛けて、6年越しの田無神社宮司就任祝賀会を農協ホールで開催してくれたことがとても嬉しかったです。一生の思い出になりました。人生で一番嬉しかった出来事です。

鈴木:青年会議所メンバーとは例会・事業だけでなく、神社や地域活動でも繋がりをもっていますよね。

賀陽:私が青年会議所の理事長時代に青年会議所のメンバーが、田無神社氏子青年部の部長・副部長、経理等を引き受けてくれました。お神輿の担ぎ手もメンバーがいっぱい誘ってくれました。
全国的にみて神社氏子青年部や神輿会の世代交代は、課題とされています。青年会議所のメンバーに心から感謝しています。

「大鵬親方が子ども達のために開いてくれました」
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鈴木:今年はどのような役職を担当されていますか。

賀陽:今年はわんぱく相撲の実行委員長をはじめて担っています。西東京青年会議所といったら「わんぱく相撲」です。
西東京のわんぱく相撲は、多くのボランティアスタッフによって支えられています。この事業に携わったことがきっかけで入会したメンバーも多くいます。メンバーもわんぱく相撲に対する情熱に溢れ、毎年委員会の垣根を越えて総動員で取り組んでいます。田無神社の境内にある大鵬土俵で行っていますが、今年は新型コロナウイルス感染症の影響で中止になり、実際何もできていない状況です…。

鈴木:大鵬土俵は、元横綱の大鵬親方が奉納した土俵ですよね。土の土俵のわんぱく相撲、良いですよね。

賀陽:子どもの相撲はマット土俵が中心なので、他ではなかなか経験できませんよね。わんぱく相撲は子ども達が勝負の厳しさや達成感、他人を思いやる心や感謝の気持ちを学ぶことができます。本物の土の土俵で1対1の真剣勝負を行い、子供たちに多くのことを感じて欲しいです。

鈴木:あと残り5年半の青年会議所活動を通して、どのようなことに挑戦したいですか。

賀陽:来年も青少年事業に携わりたいです。今年もわんぱく相撲の実行委員長ですが・・・
来年も委員長なのかな。委員長経験通算4回目はちょっと多すぎかな。

鈴木:出向は考えていますか。

賀陽:本年度、日本青年会議所に出向していますが、初の出向で分からないことが多く苦労しています。来年度からは、東京ブロック協議会に出向したいと思っています(汗)。

「今年は御遷座三五〇年の節目の年、盛大なお祭りにしようと思っていただけにとても残念」
写真 2020-06-08 12 24 542020年6月7日(日)「Light It Blue」にて

鈴木:ぜひお待ちしています(笑)! 新型コロナウイルス感染症に対して、青年会議所やお仕事でどのような対応をされていますか。

賀陽:医療従事者の方々へ感謝の気持ちを込めて、田無神社の本殿・拝殿をブルーにライトアップしました。西東京青年会議所の鈴木専務理事の照明会社に協力して頂き、医療従事者へ感謝と敬意を届けようと、企画されました。ライトアップは、日本青年会議所の呼び掛けに応えて実施した医療従事者感謝プロジェクト「Light It blue〜これからもありがとう〜in ⻄東京市」です。多くの方が訪れ、神社にお参りをされていました。

真面目な話になりますが・・・
日本は新型コロナウイルスによる感染症危機の渦中にあります。新型コロナウイルス感染症は世界経済の風景を一変させてしまいました。全世界を席巻した感染災害は、人と人との関係性やつながりを切り離してしまったように感じます。感染者は孤立させられ、家族も分断されています。コロナが妨げた、絆やつながりは世界中の人々に予防につながるワクチンが行き渡るまで戻ってこないように感じます。新型コロナウイルスは「地域のつながり」を否定したのではないでしょうか。麻痺した社会経済を立て直すために、経済活動を復活させたいですが、再び起こるクラスターへの恐れから今まで通りに再開できません。医療崩壊を防ぐことを最優先とした目先の対策の先には、世界経済の復興が待ってるはずです。嫌ですけど、新型コロナウイルス感染症との戦いは長期戦になることが予想されます。感染リスクを低減させる行動を心がけ、思いやりの気持ち、つながりや絆を大切にしていきたいです。
田無神社御遷座三五〇年大祭は、令和2年10月10日(土)宵宮、10月11日(日)本宮として斎行いたします。第2波・第3波のクラスター感染を防ぐために、感染の防止策を講じた上で規模を縮小し実施する予定です。神輿の渡御や舞殿での演芸大会は中止を予定していますが、社殿内で執り行われる祭典は通常通りに行う予定です。参拝者の皆様の健康・安全面を第一に考慮し検討してまいりますので、ご理解をいただきますようお願い申し上げます。今後も、引き続き情勢を注視し、行政との連携のもと慎重に対応してまいります。

鈴木:最後に、賀陽くんが思う青年会議所とはどのようなところですか。

賀陽:地元の友達がたくさん出来ます。
あとは、青年会議所は伝統を重んじているので、今の時代からしたら理不尽なことも多くあります。「メンバー全員に電話しなさい」と言われて、面倒かもしれないけれど、コミュニケーションは大切なことだと思いました。令和になったので新しく変えようという考え方もありだけれど、青年会議所は先人の知恵が詰まっているのでこれからも活かしていきたいです。青年会議所は地域の財産なんです。

賀陽智之さんにとって青年会議所とは「地域でかけがえのない仲間づくりができる場所」であるということがひしひしと伝わってきました。彼は、満33歳の若さで理事長を務められました。地元・西東京への強い愛情の表れだと思います。これから先ずっと、同じ時代の青年会議所同志として明るい豊かな西東京にすべく、情熱を持って一緒に未来を創造していきたいです。

取材・原稿:鈴木悟(JCI西東京)