名前:野口泰芳(のぐちたいほう)さん
職業:薬師台おはなぽっぽクリニック院長 HP
JCI歴:2015年入会 / 2018年卒業
主な経歴:2017年 50周年記念事業実行委員会 委員長ほか

さまざまなことに興味を持ち、仕事以外にも意欲的に活動をしている野口先輩が、50周年記念事業の委員長をきっかけにJCIの魅力を発見したこと。そしてJCIから学んだことをたくさん教えてもらいました。

image2(クリニックの風景)

漆原:本日はありがとうございます。野口先輩は病院の医院長ということですが、普段はどのようなことをされているのでしょうか?

野口:医師として、地域密着型のクリニックを開院しています。また、クリニック院長・医療法人理事として、管理職・経営者としての立場にもあります。95%は医師として外来の診察などを行い、外来診療、内視鏡などの検査、手術など行いながら休みなく訪問診療をして、24時間365日オンコール対応を行います。残り5%は法人の代表者として経営という仕事をしています。
医師としては2004年からの初期研修から、外科・救命救急、僻地離島、災害被災地、さまざまな経験を積んでから、2015年に現在の職について「オペも訪問診療もできる総合診療医」として働いています。
また、法人理事としては2つのクリニックと接骨院、訪問マッサージ、デイサービス、介護相談所の運営管理に携わっています。

漆原:24時間365日! 本当に感謝しかありません! 医師を目指したきっかけを教えてください。

野口:他の職業に興味を持ったこともありました。幼少の頃は動物園の園長や獣医、高校では建築家や美容師にもなりたいと考えていました。しかし、整形外科医をしていた父の背中を見ながら育ったことが医師を目指した大きな理由です。親孝行の気持ちもありました。2004年に研修医となり、病院での研修はもちろん、僻地離島での診療経験や、2011年の3.11災害時には被災地大船渡での診療に携わった事で、医療の重要性を強く感じました。

「町田の歴史に触れ、この街に貢献したいと芽生えた」
image8

漆原:大変お忙しい職業ですが、JCIに入られた理由を教えてください。

野口:通常、医師が開業する場合、40〜50代での開業が多いです。しかし、父からの誘いで、2015年に30代で開業をしました。入会のきっかけは開院前に生命保険の代理店を経営していた先輩から誘われたことですが、当時はJCIを知りませんでした。単に「Noと言わない性分」だけで入会して、まさか委員長までやるモチベーションは全くありませんでした(笑)。

漆原:印象に残っている出来事や事業などはありますか?

野口:入会初年度でメンバーとして加わった際に委員長を務めていたのが同じように「クリニック経営医師」だったことにはとても良い影響を受けました。しかしその後のJCI活動もクリニック運営で手一杯になることが多く、正直役にも立たないし、JCIの魅力もわからず、「地域の友達が少し増えた」くらいで過ごしていました。
一番印象に残っているのはやはり、最終年に経験した「50周年記念事業実行委員会の委員長」としての1年間です。「50周年記念事業と記念誌」を2本立てで任されましたが、それはそれは長くて大変な経験でした(笑)。
この年のJCI町田のスローガンが「故きを温ねて新しきを知る」という周年らしいものだったので、町田の歴史に触れ、知らなかった地域の魅力や課題を知り、この街に貢献したいと芽生えた事が今でも根強く残っています。

「JCIは、事業として何が出来るかよりも地域の結束を得られることが魅力」
image11

(50周年記念事業の風景

漆原:委員長の1年間で得たものは何でしたか?

野口:メンバーと一緒に「地域」、「歴史」を探りました。そして、地域を知ることで記念史を作成しました。記念史を作り上げる過程で、地域にコネもできました。そのコネは、生活でも仕事でも活きていると思います。記念事業は事業費2000万の野外での祭りとコンサートでしたが、当日は大雨。それもそれで良い思い出です(笑)。

委員長として理事としてこれまで考えたこともなかった「組織の在り方」「物事の伝え方」「未知への挑戦と行動力」「仲間意識と魅力の拡大」など、単に医者として働いていてもなかなか学べない事が多く経験できたと感謝しています。

医者の世界で例えば「専門性」を意識すればそれはそれで素晴らしい事ですが、「人を診る」「地域を守る」という意識を持った医療従事者を育てていくことがこれからの高齢化社会には必要で、JCI活動にはそのノウハウが詰まっていると言えます。

現在、JCIでの経験を活かして、本業とは別にイベントプロデューサーとして、認知症カフェを開催しています。認知症カフェでは、情報共有をして高齢者を孤独にしないという事を心掛けています。JCIは、事業として何が出来るかよりも地域の結束を得られることが魅力だと思います。

「委員長になってはじめての理事会中に看取りで呼び出されて途中退出したことも」
image14

漆原:職業柄さらに多忙を極めていると思いますが、JCI活動で学んだことから、現在のコロナ禍で役に立ったことはありますか?

野口:行政の動きや推移に関して敏感で、JCIには議員さんやさまざまな職種の心強い存在がいますので、直接アドバイスをもらい、協力してもらうことが出来ました。JCIは、特に行政に強いと感じています。例えば、助成金に関する情報を共有することや、感染対策に対するスピード感が速いと思います。「やるぞ!」となった時のたくましさを強く感じます。雇用や助成金の知識、感染対策あるいは災害としてのリーダーシップ、例えばオンライン診療など、新たな事業への着手も相当早いスピードでできました。
何が正しくて、どう伝えて、どう行動すれば、どういう結果になるのか? など、委員長として議案を書いて、理事会に臨み、事業を行った経験が活かされています。

漆原:現役時代、どのように仕事との両立をしていたのですか? 時間配分のコツがあれば教えてください。

野口:多忙な30代に仕事とJCI活動の両立することは大変で、コツはないのではないかと思います(笑)。仕事も24時間365日で、今でも覚えているのが委員長になってはじめての理事会中に看取りで呼び出されて途中退出したり、とにかく計画通りにならないことを前提に臨機応変に過ごすことが大切です。だいたい朝の8時から夜の20時まで仕事して、オンコールの電話を持ちながら夜な夜なJCI運動をして、夫として父親としても存在する。
とにかく職場でも家庭でもJCIでも「協力してもらっている」。感謝と謙虚さを忘れないことがコツだと思います。仕事にしても家庭にしてもJCIにしても、とにかくはじめたことやっていることは自分の全てでそのものなので、いかにやり遂げるか、どう生きていくのかに直結します。

「一緒に乗り越えた仲間や、サポートへの感謝こそが心強い財産」
image1

漆原:卒業してから残っているJCIの財産はありますか?

野口:正直事業や記念誌は思い出にはなりますが財産というものにはなりませんでした。反省や失敗、それを一緒に乗り越えた仲間やサポートへの感謝こそが心強い財産になっています。

漆原:新型コロナの影響があるなかで、いま現役にやって欲しいことなどはありますか?

野口:今しかない課題や今しかできない運動に対してチャンスと思えるかどうかが大事です。ステイホームしたメンバーは家庭の良さを実感したでしょうし、働ける有り難さも感じたことでしょう。次に地域の安泰のために自分のできる全てを注いで欲しいと思います。これはJCIに所属する世代の使命です。
例えば、学校や遊びに行けない子どもたちのために、より良い地域環境を整えて、自粛で経営難の企業のために地域の活性化を図り、若い結束力と行動力をアピールして欲しい。不安の解消にはきっかけが必要です。辛いときこそ自己啓発を促していくのもJCIの存在意義だと思います。

漆原;では最後に、野口さんが思うJCIの魅力をひと言ででお願いします。

野口:人としての可能性を広げ、人生を豊かにすることです。

医師という多忙な職業に就きながら、青年会議所運動から学びと地域との交流を得ることに対し、積極的に行動をしていたことに大変驚きました。卒業後も地域の事業に多く関与をして、地域貢献をされていることを楽しそうにお話されている姿が印象的でした。有事に際しJCIの大切さを痛感しました。

取材・原稿:漆原信介(JCI東村山)