クルマの運転をするとき、
もちろん細心の注意を払って
いつも運転しているわけですが、
紙一重というかなんというか
運転者は加害者になるリスクを
常に負って運転しています。

 

クルマの運転に
細心の注意を払っている人ほど、
たとえば事故のニュースを見たとき
「けしからん」という気持ち以上に
「(じぶんも)気をつけねば」と
思うような気がします。

 

テレビの向こう側で
今日もいろんな人が謝っています。
「けしからん」という気持ちも
そりゃあると思いますが、
「じぶんだったら?」の想像力は
持っていたいと思うんです。

 

“わたし”を人間離れした位置におき
他人の「けしからん」を指摘する。

 

もしかしたら、“わたし”も
同じ場所にいたかもしれないという
想像力を失ってしまうことは、
絶対に事故を起こさないという
想像力を欠いた根拠なき自信から
猛スピードで走る運転手のように
怖いことなんじゃないかな。

 

今日も「東京ブロック」に来てくださってありがとうございます。

 

じぶんもやってしまう可能性があると思いながら、
考えられた意見って、なんていうか生きている。