スポーツの試合を観ていると、
「ここでなんでそんな戦術を使うんだ?」と
 ひとこと言いたくなる瞬間があります。

「この監督ぜんぜん分かってないな…」
「ダメだ、この監督クビにしたほうがいい」

 そのスポーツが、チームが、
 好きであればあるほどそう思う瞬間が
 きっとあると思うんですよね。

 でも、プロの監督なら、
 にわかのじぶんが思いつくようなこと
 とっくに考えているはずなんです。

 考えついたうえで、
 そのプラン戦術を排除しているはず。

 そんなふうに考えてみると、
「この監督ぜんぜん分かってないな…」から、
「なぜこの戦術を採用したんだろう」と
 あたらしい問いが生まれます。

 あたらしい問いが見えると、
 自説に囚われていたときよりずっと
 色彩豊かで広大な景色になります。

 これは会議のときも
 同じなんじゃないかと思うんです。

 よほどのことがないかぎり、
 その人はなんらかの意図をもって
 ”これ”を選んでいるはずです。

 だったらまず、
 頭から否定するのではなく
 自説を押しつけるのでもなく
 その人が”これ”を選んだ理由を
 想像してみる。考えてみる。

 そこにはきっと
 当事者しか分からない
 ”なにか”があるはず。

 今日も、「東京ブロック」に来てくださってありがとうございます。

 意見するまえに、
 相手が”これ”を選んだ理由を
 想像する、考える、その”ひと呼吸”を
 リスペクトというんだと思う。