未知への挑戦 ~野性味溢れる知的好奇心~

会長方針

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公益社団法人日本青年会議所 北海道地区協議会
2021年度 会長基本方針
会長 福西 秀幸
未知への挑戦

人は一人では生きていくことはできない。先祖をはじめとする家族あり、仲間あり、自然の恵みによって生きていける。青年会議所もまた、支えてくれている多くの方々のお陰で成り立つものである。その恩に報いるため、万物に感謝の心を以って、地域の発展に寄与する。

【はじめに】
オリンピックイヤーである2020年、愛する者に看取ってもらえず寂しく人生の最期を迎え、その葬儀にも立ち会うことが許されないなんて誰が想像していただろうか。新型コロナウイルスのパンデミックは世界の秩序も人々の生き方も変えてしまった。しかし、この状況には終わりがくる、必ず終わりがくることは感染症の歴史が証明している、同時に、過去の感染症も乗り越えてはきたが、当時の教訓を忘れてしまうのも人間の歴史である。だから我々は今からよく考えておくべきだ、以前と全く同じ世界を再現したいのか、いったい何に元どおりになって欲しくないのかを。
もう忘れたくない、根拠のない、支離滅裂でいい加減な情報がやたらと伝播されていたことを、そして、いつの間にかできたルールに服従した周囲の人々の姿を。
もう忘れたくない、モノも技術も準備不足でオンライン授業もできない教育現場を、そして、我々の大半は科学に疎かったことを。
もう忘れたくない、家族をまとめる役目において自分が英雄的でもなければ、常にどっしりと構えることもできなかったことを、そして、先見の明もなかったことを。
もう忘れたくない、国民の命を守る危機管理体制の欠落を露呈した国家を、そして、高いモラルと使命感、自己犠牲の精神に支えられた医療従事者の現場力によって日本が救われたことを。
ちまたでは、ニューノーマルが騒がれているが、東日本大震災のときも、北海道胆振東部地震によるブラックアウトが起きたときも、結局、社会は何も変わらなかったのだろうか。でも、そこには家族や友人を亡くしたり、情熱を傾けた仕事や生きる糧を失ったり、住む場所を去らざるをえなかった人たちがいる。会いたい誰かに会えず、思い出の詰まった卒業式ができなかった人達がいる。仲間たちと何年もかけてコツコツと準備してきたものが一瞬のうちに無になってしまった事業もある。望むと望まざるとにかかわらず、新しい生活、新しい人生をスタートさせた方々が、確かにここにいるのだ。たとえそれが、ささやかな個々の人生の変化であって、歴史の教科書には載らないものだとしても、そこで生まれた意識の小さな変化の積み重ねこそが、次の新しい世界を準備する。未来を構想する力は、いつの時代も新しい1歩を踏み出す人々によって実装されてきた。だから、もし今、この日常が結局は変わらないものだと思えるなら、そこに足りないのは、私たちが未来をプロトタイプする構想力だ。怒りも憂鬱も無力感も、全部感じたままでいい。確かに世界はすぐに変えられないかもしれない。でも、自分自身の今日はすぐに変えられる。

【これからを生きる】
パンデミックによる混乱の中で、日本の社会では同調圧力の凄まじさが、あきらかに露呈した。新型コロナウイルスに感染しただけで凶悪犯罪者のように責められ、感染者のプライバシーはまるでないようだ。有名人の場合であれば謝罪に追い込まれ、感染者を差別・排除しようとする強い空気を感じる。そこには病者への気遣いも同情も見えない。ウイルスは人を選ばないのだから、誰であっても感染する恐れはあり、本来、頭を下げて謝るようなことではない。世の中が荒んできている、TVもネットのコメント欄も、人を一方的に罵倒したり、非難したりするなど攻撃的なものが目立ってきている。相互監視がすすみ、法的根拠がないにもかかわらず、権利や人権が無視されるのは、世間と呼ばれる日本独特のシステムが生み出した同調圧力に他ならない。社会と世間は似ているようで全く性質が違う、世間は社会より小さく内側にあるもので、自分に少しでも関係がある人たちだけで形成されている世界であり、変化を嫌い、個人という概念がなく、異質なものは排除される傾向がある。また世間は社会より以前から日本人に根付いていたもので、隣近所との日用品の貸し借りやセーフティネットの役割も担っていて、日本の治安が良いのも、学校でのいじめ問題も、自殺率が高いのも、世間と同調圧力が強いためだろう。日本は戦後、なりふり構わず頑張り走り続け、豊かな経済力を確立した。グローバル化により世界の人たちと繋がることができるようになっていても、人間関係のつくり方は1000年前から変わっていない。私たちは一体どこへ向かっているのだろうか、私たちは本当に幸福なのだろうか。科学技術が発展し、地球上に存在するほとんどすべてのものを支配できるようになっても、実は人間の中にある広大な未知の世界について、本当に何も知らない。物質的には豊かになったが、精神的には退化しているようにも感じる。情報過多の現代では、誤情報に流され思考停止にも陥りやすい、コロナ禍だからこそ一度立ち止まり、家族や愛する人、会社そして己自身にとって、何が価値として重要なのか考え、その価値に基づいてビジョンとミッションを捉え直していくことが必要だ。外出自粛を余儀なくされ、内向きな時間が増えることによって、本当の幸せとは何か、人間とは何か、人生とは何か、というような人間の内面に対する関心が今後深まっていくだろう。むしろ、これまでは無限の経済成長を最優先とし偏りすぎていたのかもしれない。とはいえ、内面性の暴走や精神主義に走ってしまうことは極端な物質主義よりも危険性があることを忘れてはならない。人間が物質と精神の調和を取り戻すことができれば、私たちの世界は一変するであろう。私たちの精神の状態によって世界はその姿を変える。沈みゆく太陽は、物理的に電磁波として捉える人もいれば、夕日の鮮やかな色彩をイメージする人もいる、これらの色彩によって美的感覚が起こることも、それを構成する光の波長を測定することも、人間の持つ二つの面であり、どちらも同じ価値がある。人間が価値観をもって思考し行動すること自体は、いつの時代でも変わらない、しかし価値観の中身は時代によって変化する。まずは、私たち自身の意識から変えていこう、新鮮さと違和感をもって、あらためて世界を見ることで、私たちは世界を創りなおし、未来にそれを残すことができる。

【不可能から可能へ】
人間の欲望には際限がない。世の中がどれだけ便利で快適になっても、周りと比較し、努力して競争する。そして、世の中の進化を飛躍的に伸ばしてきたのは、天才が発明した技術開発である。古くは狩猟しかない時代から農耕の発明によって安定的な食糧の供給を可能にし、人口を飛躍的に増やした。さらに蒸気機関の発明に始まる産業革命はそれまで人間が担っていた作業の大半を機械に担わせることにより、労働時間を減らし、多くの人に余暇の時間を与えた。また、インターネットの発明により、情報社会をむかえ、どこにいても世界中とネットワークでつながることが可能になった。現在、人類がこれまで歩んできた狩猟、農耕、工業、情報に次ぐ新しい社会Society5.0が到来しようとしている。そんな中ではあるが、コロナ禍により日本のデジタル化への備えが絶望的に無いということ、医療、教育、公的部門は急を要するレベルなのが露呈された。そして2020年5月、エネルギー・交通など個別の分野に特化した最先端技術の実験をしていたスマートシティが必要に迫られて一気に進み、各地域の持つ社会的な課題に、個別ではなく全ての分野の最先端技術を実装させ、まちを丸ごと未来都市にすることができるスーパーシティ法案が成立した。今までも、このような特区や仕組みはあったが、いざやってみようとなると出る杭は打たれ、特区を作ろうにもまずは特区内の規制を決めましょうという話になり全く進まないことが多い。もうそんなことをしている場合ではない、日本は柔軟性をもって立ち上がり、会社や働き方の仕組みをアップデートしなくてはならない。先進国、新興国を問わず経済をリードし、世界全体の社会を変えている企業や組織には共通点がある。会社を立ち上げる時も事業そのものに関してもだが、物事を事前に調査して計画し合意形成を経て動き始めるのではなく、計画よりも行動すること、できあがってきたものを優先し、そこにコミュニティを作りながら進むことを大事にしている。一寸先のことを予測するのも困難な時代には、計画や戦略を考えすぎている時間はなく、常に方向修正しピントを合わせていかなければならないということだ。チャンスがあれば一発当ててやるという野性的な精神に満ち溢れているのは、戦後に生まれた日本の世界的企業にも共通してあったことだ。日本にはまだまだ隠れたエンジニアが沢山いるし、北海道にはロケットを宇宙へ飛ばすベンチャーもある。自分の手で作りたいものをプロトタイプすることの価値は増加していくだろう。ただし、人間の欲望には際限がないという前提に立ち、その性質を利用して経済を発展させていこうとするのが資本主義の本質ではあるが、同時に今の時代に当然とされているものを疑うことができるという能力も、未来を見通すうえで重要な資質であることを忘れてはならない。最先端の技術は社会に受け入れられにくい、我々青年経済人ができることは、これらの新技術の動向や意味を真に理解し、良きものは率先して支え、利用していくことである。最先端の科学技術を駆使した未来を考えていくのは胸が高鳴る。新しいことを試そう、わからないことを実験してみよう、私たち一人ひとりの尽きない知的好奇心こそが、未来を創る源泉なのだ。

【道の先にある未知へ】
2012年から始まったJCフォーラムが10回目を迎える。1回目から場所も手法も変わっていった。北海道46LOMが一堂に会し、政治・経済・社会・教育など様々なジャンルの課題解決に向けた政策や、各LOMの地域で展開している運動を発信してきた北海道JCフォーラムだったが、2020年はコロナウイルスの影響を鑑み、集まるのではなくTV番組1時間枠を取得して、TV放送とネット生放送でより広く北海道中に発信した。道民の課題解決へ向けた主体者意識を醸成するために、地域的な環境の差を解消するICTを駆使した発信方法を用い挑戦を繰り返したい。
北海道地区大会は69回の歴史を積み重ね、その時々の社会情勢に向き合い運動を展開し地域のため北海道のために寄与してきた。時代と運命に翻弄されながら、仲間の人数が減り、解散するLOMがあり、先人たちがもっていた圧倒的強さを我々は失ったかもしれない。しかし、英雄的な心が持つ気質は、今も変わらずに持っている。その意志は強く、求め、見いだし、屈服することはない。その魂を込めて、第70回北海道地区大会千歳大会を開催する。主催と主管を心一つに、運動の集大成を魅せ、次代への道を示し、千歳から北海道の未来が始まっていく、我々はJCI北海道、我々はJAYCEE。

【日本の海を守る意識を】
日本固有の領土である北方領土は、ロシアの不法占拠の下に置かれ75年という長い年月が経っている。国家を形成する領土、国民、主権の3要素にかかわる最重要な課題であり、領土問題解決が国民の悲願であったのにも関わらず、我々がJCI日本と共に取り組んできた北方領土返還要求現地視察大会も昨年で第51次を数えてしまった。51年間も取り組んできて何ら進展がないのは、領土返還運動の風化が表面にあらわれ、不安も隠し切れなくなってきているかもしれない。しかし、100年でも200年でも諦めず腰をすえて取り組んでいく覚悟のある者がいるかぎり必ず北方領土は返ってくる。時代は進み、進み方も変則で複雑な現代ではあるが、変えるべきもの、変えてはならないものを識別する知恵をもって返還要求運動に取り組もう。北方領土返還要求運動原点の地と呼ばれる根室、此処は国境のまちである。しかし、国境という言葉を使うことが未だにタブー視されている、国境線を択捉島の北に定めているのが政府見解だからである。外交上の政府のスタンスは理解できるが、地元の状況が必ず一致するわけではない。北方領土はロシアが実効支配しているため、日ロ両国が実効支配する海域の中間ラインが根室と北方領土との間に引かれている。納沙布岬から歯舞群島の貝殻島は3.7kmであり、その中間ラインは日本の沿岸からわずか1.85kmしかない。人々の安全を守るためこの中間ラインを北方海域拿捕推定危険水域とし、このラインを越えて漁を行うことを制限している。中間ラインを越えたロシア側は世界有数の漁場であるにも関わらず、日本人は中間ラインを越えて漁をすることができない、ラインを越えようとすればロシアに拿捕され、場合によっては銃撃される。逆に、中間ラインを越えた目の前の海域ではロシア船が漁をしており、しかも、拿捕した時に没収した日本船を使用しているのも見受けられる、そこで獲れたウニは全て根室花咲港へ輸出され、国内の活ウニ輸入量の7割以上を占める。さらには、貝殻島周辺での昆布漁はロシアに億単位の年間手数料を払っており、日本固有の領土、領海で金を払うのはおかしいが、地元漁民救済の一助として止むを得ないのだ。明らかに日本の権力がコントロールしうる空間は根室納沙布岬で途絶えており、その先はロシアの権力によって仕切られている。そのラインを国境と呼びたくない心情はわかるが、どう表現しようが事実上の国境である。そして、そこに住まう人々がそのラインに生活空間を境界づけられ、主権そのものに抗うことが困難である以上、地域が新たな光を見出すことが必要であり、国境や領土が持つネガティブなイメージを、明るいポジティブなイメージへと変えていくことが重要ではないだろうか。固有の領土とは何か、世界の国々は領土をどう捉え、どう行動しているのか。境界は変わることがあり、領土も広がることも縮むこともある。現存する境界が永久に続くと思い込み、それをただ固有の領土と子供たちに教えるだけの姿勢が続くかぎり、日本の国境や領土の将来は危うい。いま求められているのは領土とは何か、国境をどう考えるか、世界の事例を学び、日本という「くにのかたち」のあり方について身体性をもって考えることだ。学ぶべきことは、領土や国境での人々の具体的な生活であり、境界に対する関心の持ち方と涵養であると考える。

【北海道開拓は終わっていない】
1869年に「蝦夷地」から「北海道」へと正式に名を改め、ロシアの侵攻に備えた国防上の観点と殖産興業政策の一環として開拓使が設置されたことから、近代日本誕生とともに北海道の歴史が始まった。それまでは道南を中心とする松前地に留まる和人と、蝦夷地に居住するアイヌ民族等を合わせて5万人程度だった人口が、100年間で100倍の500万人に達し、経済規模や所得レベルでもヨーロッパの中堅国に匹敵する地域を創り上げたことは、世界でも例がないといわれている。日本が2千年かかって創りあげてきた農業の歴史を100年そこそこで駆け抜けたともいえるだろう。その北海道開拓は日清・日露戦争を経て、日本はアジアに植民地政策を展開していくことで、北海道に投入されていた資本も予算もアジアへと移り、開拓の意義は失われ消滅していった。しかし、開拓は未だ道半ばであり、北海道の真の開拓はこれから始まるのではないだろうか、その昔ロシアの侵攻に備えた国防上の観点から開拓がはじまったように。現在、北朝鮮は2016年から60回ほど弾道ミサイルの発射実験をし、北海道上空を通過することもあれば、日本の排他的経済水域内に落下させ、私たちは核攻撃の脅威にもさらされている。家族が生活している真上をミサイルが飛んでいるのに平然としているのは平和ボケ以外の何物でもない。とはいえ日本の安全を脅かす不安は人々の意識に浸透しはじめている。日本の有事立法の有無を含めた防衛システムに問題はないのか考える必要があるのではないだろうか。さらに、その不安を煽るように天変地異が踵をついで日本を襲っている。北海道は国際海峡に面し地理的位置がきわめて特殊であるために、国際的にも特殊な関係が生じ、有事に対する防備が必要であると同様に、自然的条件から天変地異に絶えず脅かされなければならないことを忘れてはならない。災害大国日本において、インフラ整備による国土強靭化は不可欠であり、地域を守るという観点からインフラのあり方を見直し追求しなければならない。もちろん災害対策はインフラだけでなく、有事の際に機能する防災、減災につながる体制を確立するために、地域社会との信頼関係を普段から強化し、共助の領域で実働できる地域の和を築いていきたい。また、新幹線が函館まで開通し、2030年度末には札幌開業予定である。しかしながら、新幹線が開通するうえで懸念されるのが、ローカル化された在来線である。民有化あるいは公有化され、観光路線などに活路を求めても、採算割れで次々と廃業になり、地域の通学や交流の足が奪われていく現状がある。高速道路、空港、JRの総合計画と地域計画の摺り合せもしっかりとなされているとは言い難い。新千歳空港に道南と道東方面から直通で乗り入れるJRは未だになく、高速道路も離れており、縦割り社会の欠陥と個別民営化の進行による総合政策の欠落である。さらには、ロシアとの国境へ向かう道北の宗谷線、北方四島へ向かう道東の根室線の廃止案もでてきており、両地域には未だ一本道路で高速道路すら整備されていない。もはやこれは北海道だけの問題ではない、国家的な見地からの戦略に基づいて維持整備を行うべきではないだろうか。北海道は政府による過度な保護政策により、官に依存する体質だと時折耳にするが、見当違いもはなはだしい、また、公共事業は悪という嘘の構図が世間に蔓延してから数十年、日本はインフラをないがしろにし続けており、インフラ整備は先進国と比べあきらかに発展途上である。インフラ整備を大規模な財政政策の下で実行することが、需要拡大をもたらしデフレを脱却させる景気対策の一つではないだろうか。最先端のビジネスには最先端のインフラが必要であり、新しいモノができると、人の流れが変わり、歴史が形づくられていく、新北海道開拓はここから始まるのだと確信する。

【身の回りの小さな平和を積み重ねていく】
人は若き頃、全てのモノゴトを直感と論理によって解明しようとし、それで正解を得ようと思いがちである。しかし人間は歳を重ねるにしたがって、それだけでは推し測れない見識と知恵の重要さに気づくようになる。そして、それが人生の奥深さであり、そこに日々新たに変化する人生の妙味が潜んでいることを知る。また、青年会議所も決して完成されたモノではなく、時代と共に進歩し続ける生きた組織であるがゆえに、一定の年月を費やさなければ理解できないのは、あたかも人間の生そのもののように直感の光によっては到達できない多くの陰をもち、論理の率直さでは解き明かせない義理や狡猾さを有するからである。だからこそ蓄積された生の体験からくる総合的英知によって統治されることを求められるのである。だが、若き人の直感や論理は無意味なのだろうか。真摯な行動から生まれる直感は、しばしばモノの本質を見抜くものであり、真剣な思索の論理は、無意味で古く悪い体制を正し、組織を改革していくだろう。北海道地区は2005年まで、道南ブロック協議会、道央ブロック協議会、道北ブロック協議会、道東ブロック協議会という4ブロック制だったが、2006年に1地区1ブロック協議会となり、ブロック協議会は地区へと完全統合された。かつての4ブロック協議会はそれぞれ道南エリア運営会議、道央エリア運営会議、道北エリア運営会議、道東エリア運営会議へと変化し、現在に至る。北海道の組織は地区とブロックが併せて一つとなっているので常に密着した関係が強みであるのと同時に、広大な大地であるが故に元は4つのブロック協議会に分かれていた意味を忘れてはならない。LOMとLOMの距離は遠いところで700km以上あり、車で10時間、飛行機は乗り継ぎが必須となり、冬はさらに倍の時間を要する。2020年にコロナウイルスの影響を受け、今まで避け続けられていたWEB会議が抵抗なく全てのLOMに浸透し活用されている。冬の道路状況を鑑みながら北海道の安全対策として戦略的に取り入れていきたい。また、4ブロック協議会時代のブロックへの帰属意識が、北海道として一つに統合されたことによって薄れてきており、それぞれのエリアの持つ特色すらなくなっていく傾向がみられる。エリアの合併・再編や細分化を視野に入れた原点回帰と、46LOMの本当の声を聴きだし、寄り添っていくLOM支援窓口を充実させたい。

【むすびに】
人類史上最も興味深い時代に私たちは生きている。かつてないほど多様性と複雑性を究める挑戦価値の高い未来への道は、まさに未知への長い冒険であり、人がその叡智の限りを尽くして新たな進化に挑むことになるのではないだろうか。

変えることのできるものについては、それを変えるだけの勇気を持ち、
変えることのできないものについては、それを受け入れるだけの冷静さを持ち、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを識別する知恵を持って、
北海道のために尽くそう、野性味溢れる知的好奇心をもって

日本青年会議所

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