もしもボクが時計だったら、
 正確に時間を刻めなくなったとき
 いったいどうなってしまうのか
 とても心配になると思います。

 時計が、時計として、
 時計の役割を果たせなくなっても
 愛される時計になれたなら
 しあわせだろうな。

 役に立てないなら
 存在できないというなら
 それはとてもかなしい。

 仕事ではどうしても
「あなたはこれができるから
 関係を構築しています」という
 場面が出てくると思います。

 時計でいえば、
 正確な時間を刻んで教えてくれるから
 あなたを必要としている、と。

 でも、なにかができるから
 評価されているという軸とは
 別のところで愛されたなら
 なんて素敵なんでしょう。

 スマホで正確に時間を知れて、
 スマートウォッチもあるいまの時代に
 アナログ時計を愛用する人は、
「正確な時間を知る」以外の部分でも
 その時計が大好きなんだと思います。

「役に立つこと」だけを軸にして
 人間関係を構築していくというのは、
 それができなくなったときの不安を
 抱えて生きていくということです。

 替えのきかない存在とは、
「役に立つこと」以外の”なにか”がある
 人のことをいうんだと思います。

 そして、その”なにか”とは、
 役に立たないことや非効率なこと
 無駄と呼ばれる余白にこそ
 存在している気がします。

 今日も、「東京ブロック」に来てくださってありがとうございます。
 
 その余白の面積が大きいことを、
 豊かさと表現するんじゃないかな。