公益社団法人 日本青年会議所の2021年度会頭

【予定者】

名前:野並 晃(のなみ あきら)君
所属:一般社団法人横浜青年会議所
現職:JCI日本 副会頭
職業:株式会社崎陽軒 専務取締役

2021photo

当選者報告会での決意表明


今回、2021年度会頭立候補届け期間(2020年7月1日(水)~7月5日(日)17:00まで)に野並 晃君以外に届出がなく、選挙管理委員会にて資格審査を行い、適格と認められました。

就任日は2021年1月1日、任期は1年間(1月1日~12月31日)です。2021年度会頭は、本年9月の「全国大会 北海道札幌大会」で行われる総会において、全国各地青年会議所の承認を得て正式決定いたします。

公益社団法人日本青年会議所 2021年度 会頭立候補にあたっての意見書

【はじめに】
新型コロナウイルスを起因とするパンデミックは、人類のあらゆる尊厳を脅かし、世界規模で社会的、経済的、そして政治的危機を引き起こしながら、いまなお、私たちの生活に甚大な影響を与えている。
 青年会議所もまた、その活動に大きな影響を受け、日々、生命の安全と経済の再生という難しい選択を突きつけられた。
「昨日までの日常が失われ、混沌とした空気が蔓延し、誰もが不安になる時代」
「今までの価値観が変容し、新しい時代を迎えざるを得ない時代」
 私は、こんな時代だからこそ、70年前に制定された私たちの創始の精神を今一度、噛みしめ、改めて青年会議所の本来の姿を明確にして、行動していく事が求められていると信じている。
「新日本の再建は我々青年の仕事である。更めて述べる迄もなく今日の日本の実情は極めて苦難に満ちている。この苦難を打開してゆくため採るべき途は先ず国内経済の充実であり、国際経済との密接なる提携である」
 いつの世も、光は辺境から差し込み、時代が変革していくように。

【いま私たちが問われている】
 戦後の荒廃期において、祖国日本の再建は、私たちが成すべきことであるのだという圧倒的な当事者意識の集積が青年会議所を創り、その意志は全国へと伝播された。様々な時代を背景として、日本の青年の運動は設立から70年にわたって今日まで連綿と流れ続けている。
 企業にとっては、継続は一つの命題である。特に我が国においては、江戸時代の商家が暖簾を守ることを使命として、日々の商いに努めてきたと言われている。仕事に励み、利潤を上げていくことは、もちろん生活の維持向上のためでもあったが、それにも増して営業の基盤を固め、商いの永続性を確立していくことが主人たるものの使命と心得、その使命遂行の責任を持つ故に、従業員に仕事を命じることも協力を要請することもできたということである。
 青年会議所にとって、継続とは手段である。拠り所とする価値観を踏み外すことなく、一方で時代に即した形で変わり続けてきたからこそ、今日の青年会議所が存在するのだと私は解釈をしている。だからこそ、未来へ歩みを進めるために不可欠となる、原点への回帰という作業を確認することで、立脚点を明確にし、その立脚点を前提として、未来への進化を図っていきたいと考えている。
 今までの中心が明日には周辺になり、価値観や文化をも覆しかねない。過去から容易に導くことができない事態の出現が頻発する、今という大きな揺らぎの中にあっては、過去が未来を決定するのではなく、どのような未来を描くかによって、過去と現在がどのような意味を持つのかが創られるという文脈において、私たちは根源的な時間を生きるべきである。今という時代に光明を見出すのは、私たちの「純粋な正義感と、目的完遂の確固たる実行力」に他ならず、「打開してゆくため採るべき途は先ず国内経済の充実であり、国際経済との密接なる提携」に他ならないのだ。

【危機はどんなときも私たちの隣で「ほんとうにそれでいいのか」と囁いている】
今日までに経験した、時には多くの命が奪われた災害から、かつて私たちはどれだけの教訓を得ることができたのだろうか。危機に直面し、誰もがいつもの日常に戻ることを求めて、結局は何も学ばず変化しないことを私は最も恐れている。
 私たちがこの世の中で生活するということは、常に何かを学ぶ姿勢であり、「生きること」と、「生き残ること」の両義性こそが重要であって、ただひたすらに生き残ることだけを目指していたのでは、むしろ私たちの生活を破壊しかねない。生き残ることだけを目指し、友人と親交することをやめ、危機を完全に排除しようと他者を差別することは、反対に生活を破綻させることに繋がる。それは私たちの生活を、生きるか、生き残るかという二元論に押し込めてしまう議論のあり方そのものであり、どちらにも偏らない生活への気遣いこそが、危機と共生する時代の、倫理の導きの糸となるのではないだろうか。
 私たちは、あらゆる事柄に倫理的に完全に無関心になることは決してできない。誰もが不安と鬱屈を抱えている。それでも他者への想像力を働かせることが、自身を救い、そして人を救うのだ。倫理とは、異質という錯覚を「今のあなたは私だったかもしれない」という事実に転換することである。
 危機から私たちが試されているのは、そこから学ぶ態度を持ち、変化する関係性の中から生み出される矛盾を、二者択一で解決するのではなく、矛盾を内包したより高次のレベルへ統合する思考を持てるかということである。世界は様々な矛盾で満ちており、その中で何かを実現しようとすれば、二面性の壁にぶつかるのが現実の姿だ。この二面性を否定せずに受け入れ、統合することによって、「どちらか」の二項対立を乗り越えて矛盾を克服し、「どちらも」を実現する新たな価値の創造へと至るのである。

【新たな時代への視座】
 18世紀イギリスに端を発した産業革命は、産業の効率化を推し進め、産業資本の成立によって資本主義経済が完成した。その後、資本主義社会は展開され、都度修正を経ながらも21世紀を迎え、市場経済万能の様相を呈している。世界的な恐慌や危機を回避するべく様々な網目が張られているものの、世界的な課題はより複雑化し、過去からの延長や教訓では太刀打ちできないような病理を浮き彫りにしている。
 経済の対象は言うまでもなく人間であり、人間を取り巻く社会である。経済とは、それ自体が目的ではなく、人間としての目的や社会としての目的を達成するための手段だ。人間としての幸福は、資本主義の金銭による計算では表せない。株主資本利益率や市場の効率化のみを追求しても、経済の本来の目的を達成することはできない。私たちに問われているのは、新たな手口を編み出すことではなく、本質的な目的に正対することに他ならない。
 人口減少・超高齢化に向けた流れが着実に進行し、財政にも課題を抱え、慢性的なデフレが続き、力強い経済成長をなかなか実現できず、地域社会が疲弊するという悪循環に陥っている。いまこそ、本質的な目的に正対し、物量を指標とするのではなく、質的な指標を掲げて、新たな時代を生き抜いていくべきである。つまりは、クオリティ国家を目指すべきである。クオリティ国家を目指すためには、国を構成する地域が自立し、自ら積極的に輝こうとする主体性が前提となる。
 ビジネスの本質とは利益の最大化のために競合他社を凌ぐことではなく、その企業に特有の価値観やビジョンに基づいた卓越性を求め続けることである。卓越性を追求していくことは、携わるステークホルダーのみならず、社会に対する共通善に貢献しようとする姿勢を同時に形成する。つまり、利益は価値の創造の結果であり、それ自体が第一優先ではないのだといった価値観への共感の連鎖を紡いでいくことが、今日に対峙すべき視座なのである。

【地域が主体的に自立し、自ら輝こうとする姿勢を訴求したい】
 質的価値を追求する国家を目指す上で鍵となるのが、私たちが住み暮らす地域である。量的なNO.1を目指すためには、各地域がバラバラに産業発展の努力をするのではなく、国家が主導して、全体としての効率を優先しなければならない。そのためには、権限や資本を中央に集中させ、より錬成され統一された技法を各地域に水平展開して、強力に開発を推し進めることが最も有効かつ効率的であった。
 実際、日本は、世界に誇る識字率の高さとも相まって、加工貿易立国として奇跡的とも言える量的発展を成し遂げた。しかし、こうした時代が終わりを告げた今、過去の成功モデルから脱却しなければ未来はない。かつての成功モデルに則った、上からの地方創生は既に限界を迎えている。質的優位を達成するためには、統一された技法が全国で用いられることよりも、多種多様なイノベーションが日々巻き起こることのほうがずっと重要である。だから、新たな時代において、質的優位を達成するためには、かつて中央に集中した権力や資本を地方に分散させ、日々イノベーションを産み出すための土壌を全国各地に創り出す必要がある。そうした意味で地域こそが鍵となるのである。
 また、単に土壌を創り出すだけではそこにイノベーションは産まれない。地域に生きる青年経済人の責任として、まちづくりに向き合い、地域に根差し、そして向き合い続けていく私たちだからこそ、能動的な当事者として、自らの地域の成長戦略を可視化できるような、未来の補助線を描く責任があるのだ。新たな時代を肯定し、地域の生き方を再定義する必要がある。かつて日本では、一村一品運動という地域の活性化策があった。一つの村に一つの特産品を創り、日本全国に展開し、地域を盛り上げようというのである。また、まち起こしの名の下に、祭やイベントを企画し、名所を掘り起こそうとした時代があった。今の時代に創り出すのは特産品ではない。産み出すのは「モノではなく価値」である。実際、全国に展開可能な特産品を産み出すことなど容易ではない。また、国民の多くが訪れる新たな名所などそうそう見つかるものでもない。
 かつてのモデルは、全国または世界への展開、ひいては地域企業の売上げの拡大を目指していたから、他地域に比べ特異性を持ち、一方で他地域へ展開可能なモノを創ろうと試みることになった。それゆえに、奇抜で珍しくはあるがさほど質の高くない、つまり顧客に十分な価値や満足を提供できないモノが多く産み出された。新たな時代では、こうした観点を見直す必要がある。必ずしも、物量・売上げの拡大を目指し、全国や世界に展開しなくとも良い。私たちの住み暮らす地域の中でだけ提供される価値であっても良い。その価値が十分に質的に高ければ、そして、そうした価値が各地域で生み出され提供されれば、各地域はそれぞれの色で輝き出す。物量や金で計れる価値観から脱却した、質の高い地域の集合体こそが質的国家なのである。
 このように考えると、いわば人類の目標であり世界の目標であるSDGsについても、それが地域の在り方という文脈で必ずしも水平展開される必要はないことに気付くだろう。実際、企業の統合報告書においては、どの項目に取り組んでいるかを丁寧に示してアピールに余念がないが、その内容はどうしても横並びにならざるを得ない。そうではなくて、持続可能性という概念の達成に向けて、各地域が創造的努力をするのであれば、自ずと各地域に独自の指標が設定されるはずなのである。こうした18番目のゴールはそれ自体が今の社会に対して提供することのできる価値となるのである。

【地域の自立を促し、背中を押すことが柔靭な国家の形成につながる】
 国家とは地域の延長であり、地域に住み暮らす人々を抜きにして成り立つものではない。したがって、地域に密着し、地域で新たな価値を提供する私たちが、国家的課題を把握し、それを各地域において実践することは未だ重要な意味を持つ。私たちが実践すべきは集積された権力や資本を運用するための戦略ではなく、各地域でなし得る地に足の付いたリアルな戦略である。そうした戦略を、国家的戦略の立案・遂行を担う人・団体とパートナーシップを組み、これを継続することによって、よりリアルに実践していくことこそが、新たな時代の日本青年会議所に課せられた担いである。
 例えば、強靱な国土を創るための国防やインフラ整備について、国家的事象としてこれを自らと無関係とし、乏しい情報と知見に基づいて空論を交わすことは容易いが無意味である。私たちは量的観点から質的観点へとパラダイムシフトすると共に、国家的事象を自らと自らの地域に落とし込んで課題を探り、解決する視点を持たねばならない。国家有事の際、作戦に必要な物資、生活に必要な物資はどこでどのように不足するのか。地域にはどれほどの不便や混乱が生じるのか。無論、専門家によるシミュレートはされているものの、地域を知り、地域を動かすことのできる私たちには、できる備えがあるはずであり、それが地に足の付いたリアルな国防である。
 経済についても、人口が減少局面に入り、行き詰まることの明白な社会保障費の激増に対し、収益の確保は重要であるものの、量的観点からいたずらにGDPの拡大を追いかけるべきではない。そうではなく、少ない費用でも質的に良好な生活を送れる環境を実現することで解決を図るべきである。そのための鍵となるのは海外を含めた優れた知見を呼び込む環境の整備である。出産・育児に関わる支援を引き続き推し進めるとともに、ラグビーワールドカップにおける日本代表のように、もともと外国籍だった人を含めたワンチームを創り出すために、能力のある外国人を日本社会に適応・融合させる実績を積む必要がある。
 優れた知見の確保という意味では、日本の将来を担う子供達や若者に対する教育の質的転換も重要である。現在、日本の教育は日本の社会の中で生き抜くことを前提とされているが、教育においても、日本にとどまることなく世界化していかなければならないという危機感を持たない限り、教育レベルの世界の中での相対的な低下とともに、国民のレベルの低下にもつながる。答えがある時代の教育から、答えのない時代の教育への変化が必要なのである。
 これらの国家的取り組みは、かつてのような中央からの押しつけであってはならない。地域がその実情に応じ、質的観点で自発的な、そしてその地域に限定した取り組みを実践すべきなのである。そのためには国と地方の権限に関して、今一度その在り方を見直すべき必要性がある。私たちは各地域の目線からこうした研究を行い、質的な権限委譲を実現させていく。もちろん、主権国家がどのような統治制度を採るかは、歴史や国柄が大きく関わってくるため、他国の制度をそのまま我が国へ水平展開しようとするのは愚の骨頂である。とはいえ、常に今日が起点であるという意識で世界を見渡し、我が国を見直せば、憲法を聖域と考える必要はまったくないことに容易に気付くのである。私たちは、質的価値を重視する国家の観点から、改めて統治の在り方を考えることが重要である。

【世界が内側への志向を強める中にあって、民間レベルにおけるさらなる連携を求めたい】
 ウイルスのような目に見えない敵と対峙したとき、一時的にその敵に打ち勝つために、人の往来を止めるということは合理的な判断である。だからといって、人・モノ・情報がボーダーレスで移動・流通するのが当たり前となった世界において、世界が恒久的に分断されるということはあり得ないし、あってはならないのである。国家という基本的枠組みは失われないものの、グローバル化した世界において、人類は相互理解と連携をこれからも続けていくことになる。渡航に物理的な制限が生じることは、各国との相互理解と連携の必要性を些かも失わせない。ウイルスとの対峙が長引く今だからこそ、あらゆる方策と新技術を用い、他の国際組織と協働し、ときにはイノベーションを産み出して、国際社会の一員としての役割を全うしていくべきなのである。
 地球上のいかなる国家も、自国のことのみに専念し、他国を蔑ろにしてはならないのであって、我が国はこの理念を共有する国際社会において名誉ある地位を占めてきた。日本を取り囲む海と空は世界中いかなる国・地域とも繋がっており、「近隣諸国」という距離的概念に囚われない国際戦略が必要とされている。その際に鍵となるのが、成熟国家・課題先進国として世界をリードする我が国の存在である。
 JCIに対し、日本は世界に誇る会員数を提供し、そのプレゼンスを高めてきた。しかし、会員数といった量的優位だけに依存してはならないことは繰り返すまでもない。2021年度は、JCIとの協働をさらに強く推し進めることのできる年でもあり、この機会を通じて世界で活躍するリーダーから多くの学びを得ることが重要である。私たちが各地域で成すべき価値の創出と質的向上は、世界という舞台においても成すべきことである。SDGs17の目標はその際の有効な指標であり、世界各地での実践をさらに加速させていかなければならない。ただし、ある地域で成した実践を、他地域へ、または世界へと波及させることを重視する必要性は低い。その地域の実情にあった、その地域にのみ妥当する手法で十分であり、これを数多く実践するほうが重要なのである。
 このように、世界を一つのフィールドと捉えたとしてもなお、ロシア、そしてアジアとの関係維持は戦略上重要である。距離的概念は別にしても、その歴史的関係の深さ、感情的な繋がりと対立は今なお全ての日本人が向き合うべきアジェンダである。これまで培ってきた両地域との関係を維持し、相互理解をより進めるべきである。
 そして、世界で十分な成果をあげ、国際アカデミーの開催をはじめとする環境整備においてもリードを得た後には、我が国は、目指すべき質的国家への転換について、今後経済発展を終え、日本と同じような課題に直面すると考えられる世界中の国に対して、警告し教示し支援すべき道義上の義務を負うのである。

【新たな自己生成を繰り返す能動的存在であり続けたい】
 組織の現状から組織の改革への決断を行った2020年度において、現状を悲観的に捉えず、時代にした組織へと改革できる絶好の機会であると受け止めようという観点が起点となった。新型コロナウイルスの感染拡大に直面をして、あらゆることが、従来と同様の進め方ができないからこそ、組織の本来的な目的を見失わずに、どのような手段としての選択肢があるのかということに向き合う機会でもあった。
 経済情勢が不安定な中、青年会議所活動より仕事に集中すべきであるという意見もある。私たちはなぜ青年会議所活動に時間を費やすのか。青年会議所という仕組みを通じて、自らの地域を、社会を、自身が守るべき者のためにより良く変えていく。一人ひとりが活動の本質的な大義を、胸を張って語るべきである。日本の未来のために活動する会員会議所のメンバーを、地域で育てる組織体制を作るとともに、パートナーシップを持つ団体との連携を、個人間の繋がりにとどめることなく、組織の資産として蓄積される仕組みを構築する必要がある。
 経験を積み巨大化した組織とは、時に様々な不合理を生み出すこともある。調和と共生を宗とする日本人の在り方も相まって、曖昧で情的、そして硬直した組織関係が弊害として生じていることもまた直視せねばならない。日本青年会議所の組織の在り方は、これまで多くの具体的な成果を挙げ、メンバーの人生をポジティブに変えてきたが、同時に生ずる弊害が、疲弊し消耗するメンバーをも生んできたことは否めない。また、社会が高度なコンプライアンスを要求するようになっているところ、曖昧で情的な組織は、社会が求めるだけの規律を維持できない危険が高まっている。
 不確実で複雑な時代に、様々な労力を費やす大義を踏み外すことのないように、メンバー全員が、青年会議所の普遍的な理念と、時代に即したビジョンを腑に落とす必要がある。新型コロナウイルスの蔓延は、三信条をはじめとする日本青年会議所の理念を、メンバー一人ひとりの中でアップロードする大きな機会となるはずである。コンプライアンスの確立と維持のためにチェック機能を強化することは当然であるが、そもそもメンバーが自律的且つ主体的に規律を維持するような組織運営の在り方や組織としての生き方に向き合うべきであろう。加えて、女性活躍社会の実現を謳いながら、女性メンバーが極端に少ない現状について、根本的な原因分析を行い、数値目標ではなく質的な環境整備を行うべきである。
 青年会議所運動の実践において、極めて重要な役割を担うのは各地区・ブロックである。独自の視点から地域の実情に応じた事業を展開する各地区・ブロックと、国家的な視点をもって運動を水平展開したい日本青年会議所との間に、お互いの意図の齟齬が生じてはいなかったか。国を構成する各々の地域が、自ら主体的に輝こうとすることで国が輝く。日本青年会議所は、地域が実情に応じて、その地域に妥当する新たな価値を創出することを後押ししていくべきである。
 現状を悲観的に捉えず肯定し、変化せざるを得ない状態自体を、時代に即した組織へと改革できる絶好の機会であると受け止め、引き続き歩みを進めたい。

【おわりに】
 私が生まれ育ったまちは江戸時代末期、僅か100戸ばかりの小さな漁村であった。今の時代でその人口を評価すれば、消滅可能性都市に組み入れられるだろう。そのまちが人口376万人を数えるまでに成長できた要因は、変化を積極的に受け入れ、過去の延長線上の対策ではなく、柔軟かつしなやかにリスクに対応するレジリエンスがあったからである。それまでの道のりにおいても、関東大震災や空襲により焼け野原となる経験をしながらも、そのたびに自分自身の力でこのまちを良くするという想いと、最後までやり切るという本気の覚悟をもってアクションを起こしてきた。
 しなやかな再起力、復元力などの意味を持つレジリエンス。これは社会、組織、個人など様々なレベルで必要なスキルとして注目されている。背景には、不確実性の高まりがある。気候変動の深刻化やAIに象徴される破壊的な技術革新、グローバル化、先進国の高齢化と新興国における人口爆発など、私たちは常に未曾有の変化に直面している。加えて、自然災害や疫病、不安定な政治情勢、水不足など多くのリスクを抱えている。
 SDGsの中にも、「エンパワーメント」、「インクルージョン」、「レジリエンス」の3つの言葉が繰り返し出てくる。これらを実現せずして、持続可能性の向上は不可能という考え方が根底にある。レジリエンスを向上させるためには、格差と不平等を是正し、全ての
人々に安心・安全な生活基盤と質の高い教育機会が確保され(エンパワーメント)、政治・経済・教育・公共など様々な分野で積極的に参加し活躍できる(インクルージョン)環境を整備することが重要である。女性を含む社会を構成する全ての人々に公平な権利と機会が与えられ、活躍できる土台があれば、SDGsが目指す誰一人取り残さない社会が実現され、結果、多くの人の英知が結集されることになり、レジリエンスと持続可能性が向上する。
 正解のない時代だからこそ、個人としても、地域や国としても、真のレジリエンスが求められている。困難や矛盾のある所には、必ず新たな発想の機会があり、それらを克服しようと向き合う所にイノベーションが生み出されるのだ。

あらゆるカウンターパートと手を携え共鳴を創り、
様々な善意や価値の結節点となって新たな価値を共創し、
有機的な共感の連鎖の輪を幾重にも描こう。