滋賀が誇るトップリーダー対談

 

第3回 たねやグループCEO 山本 昌仁 先輩

 

A9Rgzicln_1g01vvo_8h4 生年月日:1969年 8月15日

 ご 出 身:滋賀県近江八幡市

 18歳より10年間和菓子作りの修業を重ねる

 職   歴:

1990年  3月 株式会社たねや入社

2002年  5月 株式会社クラブハリエ代表取締役社長

2011年  3月 十代目当主 たねや四代目を承継

           株式会社たねや代表取締役社長

                                株式会社クラブハリエ取締役会長

                             2013年 4月 たねやグループCEO

現在に至る

                         青年会議所での略歴

                              2004年 社団法人八日市青年会議所 理事長

                              2005年 日本JC サマーコンファレンス運営特別委員長

                              2006年 日本JC 世界平和推進グループ担当常任理事

                              2007年 日本JC 近畿地区協議会 会長

                              2008年 日本JC 副会頭

 

 

清水会長:私は2007年に栗東青年会議所に入会をさせていただきました。私が幼少のころ父も青年会議所に入会し活動を行っていた記憶があります。大学卒業後に家業を継ぐため数年修行に行かせていただいていました。今の会社に戻ってきて1年後ぐらいに父が活動している時から付き合いのあった現役メンバーからの勧誘がありました。父の顔もあり断り切れずに入会をさせていただきました。入会当初父に言われたのが仕事の話しや学びの場としてではなく、一生付き合える友人を作れる場だと言われたのが今でも印象に残っています。山本先輩が青年会議所に入会したきっかけは何でしょうか?

 

山本先輩:私も10年ほど修行に出ていました。戻ってきたときに、近江八幡や彦根、八日市の青年会議所からお声掛けをいただきました。近江八幡は知り合いが多く甘えが出そうだと考え、その当時八日市に住んでおり、住まいから近く、また、知り合いの幅を広げることが出来そうな八日市青年会議所に入会をさせていただきました。JCがいろんな地域にあることも知らずにいましたし、商工会議所とも区別がつかなかったのが当時の記憶として覚えております。

 

清水会長:今のお話からすると、入会当初からアクティブではなかった印象を受けました。当時を振り返っていただき、運動に参加する中で面白さを感じ出したきっかけ、自分自身の変化や青年会議所活動にのめり込んでいくきっかけはございましたか?

 

山本先輩:夏に入会させていただき、冬までは活動が嫌でした。八日市青年会議所は例会を3回連続で欠席したら強制的に退会でした。3回連続で休まないように必死でした。(笑)参加しても頭を下げなければいけなかったことや、国歌を歌わされたりJC宣言、最後に肩を組んで歌を歌うことに少し引いていました。ある先輩からたねやと言う名前を背負ってるのにそんな態度はダメだと言われ、京都会議前に良くしていただいた先輩と一緒に日本JCに出向したことがきっかけで大きく変わりました。日本JCに行くと、自分たちが当たり前に知っている企業の人が日本JCに集まっていました。その人たちが、真剣にやっているのを見て、自分も真剣に仕事をしないといけないと感じることが出来ました。そのような方々にお会いしていなければJCを長く続けることもなかったと思います。JCを真剣にしなくても良いような人たちが真剣に汗をかいてJC活動を行っている姿に感動しました。日本JCに誘われたのが全てのきっかけでした。京都会議前の初めての委員会参加で議長や副議長、みなさんが上手に話をする中で、自分は上手に話すことができませんでした。悔しい気持ちもあり、また、自分の仕事に対する姿勢を正された瞬間でもありました。

 

 

 

清水会長:私も入会して11年になります。会社では、私も経営陣になり、従業員に厳しくしてもらうような環境ではありませんでした。青年会議所は仕事とは全く違い、時には厳しく教えていただいたこともありました。山本先輩の場合青年会議所に入会されていたことが、今の社業などに活きている、繋がっていると感じることはありますか?

 

山本先輩:一番初めに悔しさを味わったのがあります。私は、たねやの跡取りに生まれ育ち、何も考えずにいてもたねやの社長になれたと思います。JC入ってから、職業が違う人たちに出会い、特に、入会当時の正副の先輩から刺激を受けました。たねやは八日市の中でも一番の企業であり、滋賀県でも有数の企業である。ても、その中にいる山本昌仁の偉そうな態度が良くないと怒られ、悔しい気持ちを押えて奮い立つことが出来ました。たねやの中に山本昌仁を刻んで行こうと強く決意した瞬間でもありました。それからJCの事は何も知らないし、わからないけど、とにかく参加をしようと決めました。いろんなことに参加する中で、先輩から役目や役職を与えられ、行けば行くほど、顔を覚えられ、色んな所に誘っていただくようになりました。そのような付き合いを経て行くうちに、人前で話もまともに出来なかった私が、いろんな場面での話し方や振る舞い方を学ぶことができました。それからJC活動が楽しくなっていきました。また、日本JCでは、無駄口を叩かずに上手に話をされるのを見てこのようになりたいとも思えるようになりました。私は34歳の時に理事長をさせていただきました。理事長をやる前年までは、JCに入っていない人は何をしているのだろうかというぐらいJCが好きになっていました。理事長をした後に日本JCのサマーコンファレンス担当の委員長をさせていただいた時に、正副会頭に怒られた時は辞めようかとも思いました。その時は、JCのことばかり考えていましたね。常任理事をさせていただいた時の話しですが、常任理事は、6委員会百数十議案を理事会で上程しなければいけませんでした。各委員会から毎日議案が上がってくるのですが、数が多すぎて何を言ってるのかがわからなくなっていました。副会頭からの電話も出ずに、逃げ出したくなった時もありました。このような挫折がありながらも真剣に常に前を向いていると先輩は見ていますし、声を懸けていただけます。色んな役職をやってこれたのも先輩のおかげであったし、先輩からの叱咤激励が人材育成に繋がっているのだと感じました。メリハリのはる活動が大事なのと苦労を人に見せないことが大事なのだと学ばせていただきました

 

 

清水会長:今のお話は現役メンバーやこれからメンバーになる人にとってすごく魅力のあるお話だと感じました。今の現状をお話しさせていただきますと、メンバーが減少する中で、人事に苦労することが多くなってきています。そのようなことが断続的に起こっていますので、組織の成長度合いが低くなっていると考えます。どの様な事が原因であり、どの様に改善すべきかのアドバイスをいただけませんでしょうか。

 

山本先輩:私が入会した時は、新入会員教育の中で卒業するまでの経路を書くことがありました。その時はどの様な役職があるのかも知らなったため書くことが出来ませんでした。何ヶ月かして卒業するまでの経路を書く機会がありました。その時は、入会して何年後に日本JCへ出向して、34歳の時に理事長をやり、残りの6年で日本JCの役職を行けるところまで、出来れば副会頭をやりたいと書きました。言った以上は休んでいることなど考えはしませんでした。役職が重なる時期はすごく過酷であったのを覚えています。会社でも同じ考えを持っていますが、目標を達成するためには、今何をしなければいけないのかを考えます。常に先を見ていく事が考え方として大事だと思います。目の前にあることに必死になっているのではなく、先の事を見て考えて、今何をすべきなのかを考えることが大切だとJCで学ばせていただきました。常にやる気を持って活動をしていると色んな人から声をかけられます。これは、仕事も同じだと考えます。そのような空気感がJCで作っていくのが必要だと思います。今がチャンスだと捉えてもらえるような人事のかけ方をして行かないと、組織は衰退していく一方だと思います。これは会社でもJCでも同じだと思います。自分の考えた方針の元に突き進む、しっかりとしたビジョンを持って、実行に向けて動いていたのが私が理事長をしていた一年でしたね。

 

 

清水会長:若いメンバーにも自分の可能性を予感させて、先の目標を立てさせてレールに乗せることが大事なのだと感じました。

 

山本先輩:人の育て方はいろいろあると思います。たまたま私の場合は、レールに乗せられて上手くいきましたが、JCはスタッフを持って会社の経営を行っている者や手に職を持った者など色んなメンバーがいるため、やり方は様々だと思います。やろうと言う気持ちを持って40歳までの現役生活をおもいっきりやってほしいと思います。その先には必ず何かが見えますし、一生の友が出来ます。それが今の私には支えてなっています。

 

 

清水会長:今年の滋賀ブロック協議会は「観光立県滋賀の実現」をテーマにシフトチェンジして活動を行っています。地域が元気でなければ企業経営は出来ないと考えますし、企業が元気であれば地域を元気にすることが出来る。このような循環を持続させていきたいと考えています。観光と言うテーマを持って、当事者意識を持って取り組んで行くことで、地域がもっともっと元気になると考えています。ラ・コリーナも来場者が年々増えており、観光を意識されているのではないかと考えますが、滋賀県の観光の可能性、また、経営者として意識するべき視点についてお聞かせいただけませんでしょうか。

 

山本先輩:それは、日本JCで学ばせていただきました、愛国心、日本の国を愛する、そのためには、地域を愛する、家族を愛することが大事だと思います。ただ、愛国心や地域を愛すると言う言葉は禁句のように言われています。ですが、私たちJCはこの地域を愛してるからこそ、出来る環境作りが出来ると思います。観光で延ばす、ラ・コリーナは年間の来場者数が250万人を超えようとしています。これは滋賀県で一番だと思います。私がこの地域でJC活動をやってきた中で、自分たちが想像してきた町があり、町の良い所を知っていたから表に出していきました。最終的には、観光だけではなく「終の棲家」を目指しています。このような環境づくりをどのように作っていくのかが大事だと思います。各々の町に良い環境があります。これを同じように広げていっても意味がないと思います。それぞれの色を出す必要があり、人に来て頂く空間づくりが必要になってきます。そこに入った瞬間に町の市制が見える、あるいは、会社に入ったら、理念が見える、経営方針がわかる環境づくりをしていけば自然と人は増えていきます。まずは、愛する気持ちを大事にしていくことが観光に繋がっていくのではないかと、今そのように思いながら活動をしています。歴史や伝統を守るのではなく、続けていくこと。ただ単に続けるのではなく、地位に会わして活動を行っている結果が世界からたくさんの人が来ていただいていると思います。先にある未来を考え、世界から来ていただき、この町に住んでみたいと思っていただける環境づくりをお菓子屋で精一杯やっています。

 

 

清水会長:今年私が掲げたテーマの中での事業は秋で終わりますが、先輩から頂いたこの動画を見るメンバーに刺激になると思います。最後になりますが、ご自身が行ってきた青年会議所活動を踏まえて、現在の青年会議所運動や現役のメンバーに期待することをお聞かせください。

 

山本先輩:今の現役メンバーは良くやっていると思います。私が現役の時は、何をしてもJCだから許されたことはたくさんありました。この時勢の中、本当に頑張っていると思います。東近江青年会議所は私が入会した時は信頼が下がっているのが目に見えていました。それを自分が卒業以降、今まで信頼が上がっています。だから当たり前のように人が集まっています。それは、現役メンバーが真剣にやっているからだと思います。この調子で、やっぱりJCしかないと言われるような活動をしてほしいと思います。JCで培った友情は役職ではないと思います。その時一生懸命やったことが、後々に繋がってきます。JCだからこそ、色んな団体から声がかかります。自分の成長のために積極的に休むことなく色んな団体に入るのをおすすめします。私は休むという言い方は好きではありません。昔は、一度に多くの仕事を熟すことは出来ませんでしたが、今では多くの仕事を熟す能力が身に付きました。繋がりは、人から人へと輪が広がって行きます。JCの付き合いは、世界を含めてたくさんの人と少し無理して、前向きに前向きに取り組んで行くことが現役の人にとっては、変えてはいけないことだと思います。ITやSNSで情報の発信や情報を得ることが容易になっていきますが、青年会議所は集まってたわいもないことを真剣に話している姿を見せて行くのが今後もさすがJCと言われるために必要だと思います。政界では三日月知事を筆頭にまた、経済人としても夏原さんはじめ多くのJC卒業生がJCで培った魂を武器に活躍をされています。現役メンバーの減少はありますが、少人数精鋭部隊、人数は少なくても確実に活動を行っていいっていただきたいと切に願っています。

 

清水会長:私も残り3年あります。少しずつ無理して頑張っていきたいと思います。長時間にわたりお話をお聞かせいただきありがとうございました。